NATOの国防支出引き上げ目標
(2035年のGDP比率)

NATO(北大西洋条約機構)加盟国は、2035年までに国防関連支出を対GDP(国内総生産)比で5%まで引き上げるとの目標で合意した。内訳を見ると、既存の国防費は現在の2%から3.5%へ引き上げられ、新規にインフラ整備やサイバーセキュリティーなどの国防関連費用として1.5%にコミットした。
これだけの規模で国防関連支出が増大すると、欧州の成長押し上げ効果に期待が集まる。しかしながら、国別の影響を緻密に積み上げても、30年時点のユーロ圏のGDPの水準を0.5%押し上げる程度でインパクトはさほど大きくないとみている。
実際、欧州について軍事費の単位当たり増加がGDPを押し上げる程度を示す財政乗数を見ると、0.5~0.8程度とあまり大きくない。人件費増の財政乗数は比較的大きい一方、装備品調達などの成長への波及効果は小さい。
GDP比1.5%相当の新規の国防関連支出がAIやドローンといった波及効果の大きい需要を創出する面はある。ただ、新規支出とは名ばかりで既存のプロジェクトのラベルを張り替えただけのものも含まれているのが実情だ。
供給面の制約も成長押し上げを阻む。長年の軍事費抑制で欧州の軍需関連企業は受注をこなし切れていない状況にある。生産力増強には時間がかかるため、対米貿易黒字の是正圧力もあって、欧州の防衛装備品の調達は半分程度が供給余力のある米国企業に流れる。その前提で計算すると、NATOの防衛装備品調達増加は35年までに米国の輸出を780億ドル押し上げる。
マクロ経済予測の観点からは軍事費拡大の負の影響も考慮すべきだ。供給制約がある中での軍事費拡大はインフレや金利を押し上げて民間需要を抑制する。また、当初は国債発行で賄うとしても、財政の健全性維持のために中長期的に増税や他の財政支出削減が予想され、これも成長には逆風となる。
国防支出増加は世界的な流れであり、わが国も例外ではない。政策判断に際しては、軍事・外交面からの検討に加えて、定量的な経済への波及効果の分析も十分に行うべきであろう。
(オックスフォード・エコノミクス 在日代表 長井滋人)