
三田紀房の起業マンガ『マネーの拳』を題材に、ダイヤモンド・オンライン編集委員の岩本有平が起業や経営について解説する連載「マネーの拳で学ぶ起業経営リアル塾」。第28回では、PR会社の「やってはいけない」ルールについて解説する。
「いとも簡単に裏切られるとは」
Tシャツ専門店「T-BOX」の1号店を東京・渋谷に出すことに決めた主人公・花岡拳。しかし、因縁の相手である一ツ橋商事の井川泰子も、担当するアパレルブランドを渋谷、それも花岡たちの店舗のすぐそばに、1カ月早く出店する計画を立てる。
店舗はTシャツに特化した商品構成にし、またもや花岡たちのビジネスを邪魔するという。
花岡は「売られたケンカ勝ってやろうじゃねえか。井川と…一ツ橋商事と戦う。戦争だ!」と語気を荒らげるが、部下たちからは資本力や組織力の面でも、スタートアップと大手商社という「アリと象の戦い」であり、本当に勝ち目があるのかと心配の言葉を投げかけられる。
花岡は「世界チャンピオンになった俺を信じろ。勝負は焦って自分を見失ったら負け」と語るものの、井川たちを追い上げる決定打を見つけられないでいた。さらに、追い打ちをかける出来事が起こる。
花岡たちをPR面で支援すると語っていた大手広告代理店・電広堂の中谷から、「一切協力できない」という電話が入る。実は井川たちが中谷の上司にクレームを入れ、花岡たちではなく、自社のPRを支援するよう圧力をかけたのだった。
電広堂に訪れるも、受付で中谷とのアポすら取りつけてもらえない花岡。電広堂のビルを振り返り、こうつぶやくのだった。
「こんなにいとも簡単に裏切られるとは……」
PR会社がクライアントの競合企業を支援できないワケ

広告代理店とPR会社の役割は厳密には異なる。業界にもよるが、基本的には広告代理店はプロモーションやマーケティング、つまり広告を軸にした消費者とのコミュニケーションを設計する。一方でPR会社はパブリックリレーションズ、つまりメディアなどに働きかけて消費者とのコミュニケーションを設計する。
マンガに出てくる広告代理店・電広堂では、中谷の上司が「利益の大きいほうにつく。これが企業活動の鉄則だ」と語って中谷を花岡から引き離し、井川のブランドのPRを支援するよう指示する。
現実社会においても、PR会社の多くは、自社のクライアントである企業に加え、その競合もクライアントに持つことは業界慣習的に「御法度」となっている。
当然だが、既存クライアントであるA社のPR戦略を立てつつ、競合であるB社をクライアントにした場合、どちらかの肩を持つことが利益相反、すなわちもう一方を不利な状況に陥れかねないからだ。
米国のPR業界団体である米国パブリックリレーションズ協会(PRSA。Public Relations Society of America)では、「既存クライアントと利害が対立する場合は、競合企業をクライアントにすることが不適切である」とした規程がある。
日本の業界団体である日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)の倫理綱領でも、「競合クライアント」にまで言及した内容こそないが、中立性・公平性の保持をうたっている。
加えて日本でも多くのPR会社でも明文化の有無を問わず、既存クライアントの競合に関わるビジネスを制約しているケースは少なくない。
ただ一方で、そんなPR会社の戦略にもある種の「抜け道」もあるようだ。
とある国内大手PR会社の1社は、複数の子会社でほぼ同様のPR支援事業を展開しているのだが、実は子会社ごとのクライアントを見れば、グループとしては同業界で複数企業をクライアントにしているようなケースが散見される。
もちろん子会社を複数展開することにはさまざまな利点があるのだろうが、結果的に抜け道を通るようなビジネスをすることが、正しいPRの姿なのかと気にするメディア関係者もいる。
電広堂・中谷の裏切りに続き、さらなる苦境が訪れる花岡たち。さまざまな壁を越えて、次回、いよいよT-BOXの1号店はオープンを迎える。

