働き方が多様化するなか、「定年=引退」というモデルは過去のものとなりつつある。「現役時代のようなフルタイム勤務ではなく、ストレスなく、少ない時間で続けられる仕事があれば……」と考える人も少なくないだろう。では、65歳以降、豊かに暮らすにはどうすればいいのか。そして、定年後の仕事にはどんな選択肢があるのか。本記事では『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』の著者・坂本貴志氏にインタビューを実施。仕事の実態を、就業データと当事者の声をもとに紐解いてもらった。(構成・聞き手/ダイヤモンド社書籍編集局、小川晶子)

老後は毎月3~7万円の赤字
――定年後のお金について不安を持っている方は多いと思うのですが、貯蓄と年金では実際のところ足りないのでしょうか?
坂本貴志氏(以下、坂本):そうですね。定年後のお金に不安をお持ちの方はまず、「定年後の家計と仕事について知る」のが大切です。
漠然とした不安を抱いているのに、毎月の収支を知らない人は多いんです。まずは事実を把握することで前向きな捉え方ができるのではないかと思います。
総務省の「家計調査」によると60代・70代の純貯蓄額(貯蓄から負債を引いた額)の平均値は約2000万円です。平均値は極端に高い層に引っ張られるので、より多くの人が当てはまる中央値を見ると約1500万円です。
老後のフロー収入といえば年金ですが、本の中で紹介した一つの水準は、会社員中心で働いていた男性では月15万円、女性では月10万円程度です。
では、支出額はどのくらいなのでしょうか。総務省「家計調査」から見る「夫婦2人の平均的な支出」は、65~74歳の支出の月平均は33.4万円。一方、65~74歳の無職世帯の収入は月平均26.5万円となっていますから、65歳で年金暮らしになると約3~7万円の赤字になることがわかります。
――平均で見ると年金ではちょっと足りないのですね。毎月の赤字分を貯蓄から補填することはできるでしょうが、貯蓄がどんどん減っていくのは怖い気がします。
豊かな老後を送るには
坂本:資産が5000万円以上ある方は豊かな老後を送ることができるでしょうが、そういう方は1割未満です。また、年金を多くもらえるので働く必要がない方がいるのも確かです。でも、おそらく8割くらいの方は「まったく働かないと、少し足りない」という現実に直面することになると思われます。
――ギリギリの生活よりも、多少は余裕を持ちたいですしね。旅行に行ったり孫にプレゼントしたりするお金も欲しい……。
坂本:そうですよね。ただ、現役世代のように稼ぐ必要があるかと言うと、そうではありません。
一人月10万円くらい稼ぐことができればじゅうぶん余裕があり、貯蓄額を積み増すことも可能でしょう。ですから、本の中で「小さな仕事」と呼んでいますが、「小さな仕事」でじゅうぶんなのです。
報酬はそれほど高くないけれど、労働時間が短く、仕事の負荷やストレスが少なく、世の中に必要不可欠で社会の貢献する価値のある仕事です。65歳以降はこうした「小さな仕事」をして収入を得ることで、豊かな暮らしを実現できると思います。
物価が上昇していく時代にやったほうがトクなこと
――フロー収入を得るという意味では資産運用も考えられると思うのですが、貯蓄額1500万円を運用にまわしても月10万円は難しそうですね。
坂本:資産運用はぜひ検討していただきたいと思っています。デフレの時代であれば1500万円をそのまま貯金して置いておいてもいいのですが、消費者物価指数が3%ずつ上がっている近年では、実質的に3%目減りしていくわけです。
ただ、やはり運用で月10万円のフロー収入はなかなか難しいですね。1500万円を利回り4%で運用しても、月に5万円ほど。もちろんリスクもあるので全額を運用に回すわけにはいかないでしょう。うまくポートフォリオを組むことが大事です。
――物価が上昇していく中では、「働いたほうがトク」という考え方もありますか?
坂本:昔に比べると、現代は「働いたほうがトク」と言うことができます。
昔はそもそもシニアの働き口が少なく、あっても時給800円など賃金が安かったんです。でも今は時給水準が非常に上がっていて、最低賃金は全国加重平均で1050円。政府は2020年代後半までに1500円にすると言っています。時給が1500円であればシニアの方も働こうかなという気持ちになりますよね。
働かない人にとっては物価だけが上がっていく状況に置かれますが、働く人にとっては賃金が上がっていくのです。働かないことの機会費用が上がっていくことになりますから、働いたほうがトクなのです。
(※この記事は『定年後の仕事図鑑』を元にした書き下ろしです)
リクルートワークス研究所研究員・アナリスト
1985年生まれ。一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。研究領域はマクロ経済分析、労働経済、財政・社会保障。近年は高齢期の就労、賃金の動向などの研究テーマに取り組んでいる。著書に『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』のほか、『ほんとうの定年後「小さな仕事」が日本社会を救う』『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(共に、講談社現代新書)などがある。