高山病が悪化し
下山を検討することに
さらに登り続けて、頂上への中間地点にあるソルベイ小屋(避難用)を過ぎたところで、「休憩を取ろう」とベネディクトが提案しました。
ガイド登山では一切休憩は取らないはずなのに、ベネディクトが休憩を提案した理由は、私があまりにも遅いので、この場で相談して「下山を考える」ためでした。
「我々はまだ4分の1しか到達していない。この調子では登山を続行するのは難しい」とアンドレアスが切り出しました。
頂上は、下山終了までの行程の半分にしか過ぎないのです。彼らの標準時間で私が行動できないのであれば下山も致し方ない。私は、「あなた方の判断を尊重するよ」と答えました。
これに対して、ダニエルは「まだ登山を続ける選択肢もある」と言い、ベネディクトは迷いました。
「今、何時?」私が尋ねると、「午前8時だよ」とベネディクトが答えました。
私は複雑な思いに駆られました。我々はすでにソルベイ小屋を過ぎ、半分以上登り終えており、天気も上々。朝8時に下山を決意することは、私のこれまでの登山経験の中では想定外の判断でした。それでも私は彼らの判断を尊重しようと決めました。
「あなた方の判断に従うよ」
言葉では「従う」と言いながらも、私の目は頂上を見つめていました。
ダニエルはそんな私の心中を痛いほど理解していました。
「タツノ、頂上が見たいか?」
「ああ、それはもちろん」
「続けよう!!」ダニエルが言い放ちました。
ベネディクトもこれに同意してうなずきました。アンドレアスは不本意ながらも2人の判断に従うことになりました。
高山病による脆弱な肉体とは裏腹に、登ることへの私の気力と思いに迷いはありませんでした。
「よし、続けよう」
登攀が再開されました。
やがて、ショルダー(肩)と呼ばれる地点にたどり着きました。登攀に求められる技術は決して困難なものではありませんでした。しかし、高山病が私の行動に足かせをかけました。一歩一歩、無心で手を伸ばしてホールドを摑み、スタンスを求めて攀じ登ります。