
72歳の挑戦は、ただの「思い出作り」ではなかった。登山家・辰野 勇氏が50年ぶりにマッターホルンに挑んだ舞台裏には、アクシデントの連続のなかでも折れなかった「頂き」を目指す強い意志があったという。※本稿は、辰野 勇『自然に生きる 不要なものは何ひとつ持たない』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。
50年ぶり72歳で挑戦した
アルプスの女王・マッターホルン
1969年にアイガー北壁とマッターホルン北壁を登ってから50年の節目の年となった2019年のことです。そのころは毎年夏にはスイスを訪れ、アイガーやマッターホルンを麓から眺めていた私でしたが、歳を重ねるうちに「もう一度あの頂に立ってみたい」という思いが高まりました。
「齢72を迎えるこの年に登れるか?」
72歳は、奇しくも父が亡くなった年齢です。息子にとって父の死んだ年齢を超えて生きるのは、一種のハードルを越える特別の思いがあります。
スイスのツェルマット観光局長のダニエル・ルッケンさんにその思いを打ち明けたところ、「じゃあ、50年を記念して一緒に登ろう」と快く協力を申し出てくれました。
地元ガイド協会の代表、ベネディクト・ペレンさんが私とザイル(編集部注/登山者同士がロープで体を結び合うこと)を結んでくれることになり、彼の実弟アンドレアス・ペレンさんがダニエルと一緒に取材撮影をしてくれることになりました。
ツェルマット山岳博物館でロミー・ハウザー村長も出席して、「北壁登攀(とうはん)50周年」のお祝い会を開催していただいた後、ガイドのベネディクトと装備合わせをしました。