
顧客にヒアリングしても的外れな要望しか得られず、本質的なニーズが見えてこない――そんな悩みを抱える企業は少なくない。マイクロソフトやグーグルでエンジニアとして活躍し、複数の企業で技術顧問を務める及川卓也氏が、顧客の発言の奥にある真の動機を見抜く「顧客インサイト」の捉え方と活用法を解説する。
成熟する市場でなぜ今
「気づき」が重要なのか
ビジネスの現場で「インサイト」という言葉を耳にする機会が増えています。直訳すると「洞察」ですが、顧客インサイトとは単なる知識や情報ではなく、顧客の行動や選択の背後にある“気づき”を指します。それは、データやヒアリング結果といった表面的な事実のさらに奥にある、動機や背景の理解です。
ここで重要なのは、「事実」と「インサイト」を混同しないことです。例えば「顧客は1日3回ログインしている」というのは事実ですが、そこから「短時間で複数回ログインしているのは、1回で必要な作業が完了できないからだ」という背景や理由を読み取ったとき、初めてそれはインサイトになります。事実は観察や計測で得られますが、インサイトはそこに解釈を加え、意味付けすることで得られるものです。
市場が成熟し、製品やサービスの差別化が難しくなっている今、顧客インサイトの重要性はかつてないほど高まっています。国内家電市場などの成熟市場では、新機能投入のサイクルが短く、競合が数カ月で同等の機能を実装するのが当たり前。表面的な優位性はすぐに失われます。持続的な競争力を築くには、顧客が本当に求めている価値の核心を理解し、それを起点にプロダクトやサービスを設計する必要があります。
インサイトの質は、プロダクトの方向性に大きな影響を与えます。浅いインサイトに基づいた改善は短期的な効果しかなく、往々にして競合に容易に模倣されます。一方、深いインサイトは、単なる機能改善にとどまらず、UX全体やビジネスモデルの設計方針そのものを変える力を持ちます。だからこそ、表面的なデータや意見だけで満足せず、その奥に潜む構造や動機を探り当てることが、差別化の源泉となるのです。