ジョブ理論誕生の背景に、あるファストフードチェーンのミルクシェイクの事例があります。年齢・性別などの顧客属性に基づく分析が売り上げ向上につながらなかったため、クリステンセン教授は、顧客がミルクシェイクを選ぶ状況や理由を観察しました。その結果、朝の通勤時間に「満腹感が続き、片手で飲め、車内でもこぼれにくい」という理由で購入されていることが判明。顧客はミルクシェイクという“商品を買って”いたのではなく、「通勤の退屈を紛らわせ、空腹を満たす」という“ジョブを雇って”いたのです。

 この考え方の核は、顧客が製品そのものではなく「進歩」や「望む状態の変化」を求めているということです。ドリルを買う人が本当に欲しいのはドリルではなく、穴を開け、その穴を使った工作によって、生活を便利にすることです。

 ジョブ理論を理解すると、顧客インサイトの解像度が一段と高まります。単なる属性や機能の比較ではなく、顧客が達成しようとしている進歩そのものを特定できるからです。これにより、競合とは異なる切り口の価値提案が可能になり、既存市場の枠組みを超えるプロダクトやサービスを生み出す基盤が築かれます。

思い込みや誤解を防ぐ
仮説検証プロセスの重要性

 顧客インサイトを捉えるうえで重要なのは、仮説検証のプロセスです。インサイトとはあくまで仮説に過ぎず、実際の顧客行動や市場環境に照らして検証しなければ、思い込みや誤解に基づく意思決定になりかねないからです。

 観察やインタビューなどから得られた顧客インサイトに基づき、「顧客はこういう状況で、こういう進歩を求めているのではないか」という仮説を立て、その仮説を実際のプロダクトやサービスの形で検証する——このプロセスは一度で終わるものではなく、試作・テスト・学習のサイクルを繰り返しながら精度を高めていく必要があります。

 仮説検証のポイントは、成功を確認するだけでなく、失敗や予想外の反応からも学ぶことにあります。顧客が予期せぬ使い方をしたり、こちらの意図と異なる価値を見いだしたりするケースは少なくありません。そのズレこそが、新しいインサイトや価値提案の種になる場合もあります。