顧客インサイトは、こうした変化に先回りして対応するための“羅針盤”です。環境変化のスピードと顧客の期待の高まりが、顧客インサイトの重要性を押し上げているのです。表面的なデータや声だけでなく、背後にある構造や動機を捉える力と、現場観察や試験的施策といった具体的な行動が、事業の成否を左右します。
顧客自身も気づかないような
「潜在的インサイト」が市場を変える
顧客自身が自覚していない潜在的ニーズは、表層的な要望や不満とは根本的に異なります。顧客が自ら言葉にする要望は、すでに顕在化している課題にすぎません。それに応えるだけでは競合との差別化は難しく、改善の幅も限定的です。一方で、顧客自身が気づいていない、あるいは重要性を認識していない潜在的なインサイトを捉えることができれば、市場の常識を覆すような革新につながります。
ウォークマンの誕生は「外でも音楽を聴きたい」という潜在欲求の発見から始まりました。当時のオーディオ機器は家庭内での利用が前提でした。「屋外では高音質な視聴体験は不可能」「録音できない再生専用デバイスにはニーズがない」といった、当時の常識や既存顧客の声に従っていたら、ウォークマンは生まれなかったでしょう。
AppleのiPhoneも、携帯電話と音楽プレイヤーを別々に持ち歩かなければならなかった消費者の言語化されない不便を観察して誕生した製品です。タッチパネル式のインターフェースやアプリ統合といった新しいUXが取り入れられ、スマートフォンという新たな必需品カテゴリを生み出しました。
Netflixも、潜在的インサイトを捉えて進化した代表例です。ストリーミングサービスへの移行により、単に利便性を向上するだけでなく、顧客行動データを徹底分析してパーソナライズされた推薦機能を武器に、従来のビデオレンタル市場の構造を根底から変えました。
こうした潜在的インサイトはアンケートやインタビューだけでは見つけにくく、観察や行動分析、利用状況のデータから読み取る必要があります。顧客の発言と行動の矛盾や、日常に埋もれた不便さを掘り起こすことが重要です。そして、一度かたちにできれば長期的な競争優位の基盤となり、市場の常識を書き換えるような製品やサービスを生み出せるのです。