顧客インサイトは、統計やアンケートだけでは見えにくい部分を明らかにします。実際の行動観察や、具体的な利用状況のヒアリングを通じて、「なぜその選択をしたのか」という問いを深掘りすることが求められます。こうした洞察は、新しい価値提案や競争優位の源泉となり、単なる改良ではなく市場を変えるようなプロダクトを生み出す力になります。

「顧客の声=インサイト」ではない
要望に隠された本質的なニーズ

 よくある誤解は、「顧客の声=顧客インサイト」という捉え方です。もちろん顧客の声は重要な手がかりですが、それを鵜呑みにしても本質的な解決にはつながらないことがあります。顧客自身も、何に困っていて何が欲しいのかを完全には理解していないことが多いのです。顧客は目の前の困りごとの解決は求めても、本質的なニーズを掘り起こすことはありません。それは顧客の「仕事」ではないからです。だからこそ企業側が主体的に深掘りし、潜在的な課題や欲求を見極める必要があります。

 例えば、ある業務アプリケーションの利用者が「データのエクスポート機能が欲しい」と要望した場合、その背景には「上司への月次報告書を効率的に作成したい」という目的が隠れているかもしれません。また、この目的はインサイトの一部ではありますが、さらに“なぜ効率化したいのか”という動機や、時間的制約、評価への影響、ストレス軽減といった状況まで掘り下げてこそ、真のインサイトになります。すると課題を解決する方法はエクスポート機能に限らず、より優れたレポート機能や他ツールとの自動連携など、別の解決策もあり得ることが見えてきます。

 インサイトを得るための情報を営業に頼り切るのも危険です。営業は顧客の明示的なニーズへの即応を求められ、要望そのものへの対応を優先しがちです。営業からの情報だけで判断すると顧客の本当の動機を見落とす可能性が高いため、営業と協力してインサイトの重要性を共有するか、営業経由に頼らない仕組みづくりが必要です。

 今はインターネットやスマートフォン、SNSの普及で顧客データは容易に収集でき、AIツールなどで表面的な事実やトレンドは瞬時に把握できます。しかし、これらのツールやデータは「何が起きているか」を示すだけで「なぜ起きているか」という本質的な理由までは説明できません。また顧客の選択肢が増えて期待値も上昇しており、一度優れた体験をした顧客は他のサービスにも同等以上の価値を求めるようになっています。