シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

大日本帝国が戦争に負けず、今でも存在していたらどんな人生だったか?Photo: Adobe Stock

哲学思考のトレーニング

 哲学思考のトレーニングとして頭の体操をしてみよう。

 私は、戦争は怖いし嫌いだ。

 しかし、同時に歴史から本質的なものを学ぶためには、世界史を冷徹な応用問題として思考する意義は大きいと思う。

 世界史は不幸なイベントに満ち溢れているので、それを経験もしていない者が、思考ネタとして使うのは恐れ多いが、戦争を経験された方々へのある種のリスペクトや、その人々の想いに寄り添う気持ちは持ち続けながら、この思考実験をしてみよう。

 もし日本が第二次世界大戦に敗戦していなかったら、どうだったか?

 もちろん、我々は大日本帝国憲法が継続している下、大日本帝国に生きているだろう。その当時の制度が、そのまま存続していたとしたら、どうだったか?

天皇主権
・基本的人権はない
・女性に参政権はない
・一定以上の納税額のある男性のみに投票権(全人口の1・1%ほど)
・財閥がほぼすべての経済を牛耳る
・潜在敵国アメリカからの技術移転は見込めない
・農民は小作農で生産性向上により発生した余剰に対する私的財産権はない
・教育勅語による教育
・国際的に孤立している可能性が高い
・今のようなインフラはない

 この前提で日本に生まれてきたかった人は、どれくらいいるだろうか?

 私はとてもじゃないけど、生まれてきたくはない。

 では日本国が、戦争を経ずに軍部が君臨したままの状態で、しかも国民の98%以上が投票できない状態で、今のような憲法に書き換えられただろうか?

 平和時に「アメリカから押し付けられた」と文句を言う憲法を、1ミリも80年近くも変えられないこの我々がである。とても無理だろう。

戦争に負けていなければ、日本の高度成長はなかった?

 経済は財閥が支配しているということは、ソニーもトヨタもホンダもユニクロも生まれない。

 いいアイデアはすべて財閥に奪われ、成果も独占されていただろう。

 そして「財閥にあらざれば人にあらず」の世の中のままだったろう。

 起業家精神が生まれても、それで自由に起業して財閥に匹敵するような新勢力を興すことは認められるはずもない。

 そして、潜在敵国アメリカからの技術移転もない。

 日本は国際的に孤立したままだろうから、国際機関やグローバル企業の資金で、今のような日本のインフラを整備できなかった可能性が高い。

 ちなみに戦後の復興時に日本のインフラは、かなりの部分を世界銀行からの借り入れでまかなったものだ。もし戦争に負けていなかったら高速道路も新幹線も、今のような形では実現しなかったはずだ。

 都市の風景は、小さな民家がぎゅうぎゅう詰めという感じか。

 ということで人口は増加したが、お金がなく、イノベーションも起こらないので、今の日本が実際に経験したような高度経済成長もなかっただろう。

戦前の日本は、世界でも有数の所得格差のある国

 スタンフォード大学教授で歴史学者のウォルター・シャイデル氏によると、1938年当時の日本は、世界でも有数の所得格差が大きな国で、トップ1%の層が日本の総所得の19・9%を持っていたという。

 戦後の一億総中流とは、大違いだ。

 つまり、日本は今の新興国のような経済状況だろう

 財閥は信じられないくらい豊かだが、土地も所有できない人が多く、貧困にあえぐ人は無数にいるだろう。

 軍国主義の下、ひたすら「天皇の忠誠なる臣民」となる教育が続いている。

 自立心とか起業家精神とかを持ちえず、子どものころから好奇心を発露することなど、許されない。

 忠誠なる臣民、これは真っ先にAI(人工知能)に代替されるだけの存在にしかならないだろう。

戦争に負けたからこそ、今の日本がある

 では、当時の日本人が悪いのか? 

 そうとも思わない。

 列強の植民地化を逃れ、その中で急速に対抗する力をつけていくには、日本は統一して独立国家となり、列強の仲間入りをする。そのために、帝国主義に乗り出していくというオプションは、必ずしも愚かなモノとは、言い切れなかったのではないか。

 戦争はよくない。巻き込まれたくない。

 でも、禍福は糾える縄の如し。不幸な出来事がその後、その地に幸運をもたらすこともある。 

 戦争に負けたからこそ、今の日本がある

 もし、大日本帝国憲法下で生きるか、現憲法下で生きるかの選択をしなければならないのであれば、現代に生きる今の日本人のほとんどが、現憲法下での今の生活のほうを選択するのではないか?

 戦争で尊い命を亡くされた方々に思いを馳せ、日本を守るためにご奮闘いただいた方々に感謝の気持ちを忘れてはならない。

 今の素晴らしい国をどうやって守り育てるかに、我々は尽力すべきだ。戦争はしてはいけない。

 ただ、このままいけば、どう考えてもお金も若さも失うだけの我が国が、今後、他国に戦争を仕掛けるほうに回る未来は、想像できない。

 しかし、我が国の近隣をみれば、我が国とはまったく違う統治体制で人権体制である国々が、我々に永久に戦争を仕掛けてこないとは、いえない状況にある。

 彼らに戦争の悲惨さをいくら訴えても、今でも平気で戦争をやっている国もあるくらいだから、それで彼らの野望がひるむとは思えない。

「戦争はダメだ」一辺倒の教育ではなく、 

戦争がなかったら、今の日本はどうなっていたか?
戦争はダメだと唱えていれば、日本はずっと平和なのか?

 を思考すべきだろう。

 また、戦争により今の我々を豊かにしてくれるテクノロジーのほとんどが生まれていることも知っておきたい。ロケット、抗生物質、X線、電話、衛星通信、レーダー、ジェットエンジン、原子力、インターネット、GPS、ドローンなどなど。

 これらは、戦争を契機に生まれ、発展したテクノロジーだが、今の我々の生活に欠かせないものばかりだ。

 (本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。