固まった思考をほどく…星新一の意外な結末は、発想の壁をやさしく崩す
文芸作品を読むのが苦手でも大丈夫……眠れなくなるほど面白い文豪42人の生き様。芥川龍之介、夏目漱石、太宰治、川端康成、三島由紀夫、与謝野晶子……誰もが知る文豪だけど、その作品を教科書以外で読んだことがある人は、少ないかもしれない。「あ、夏目漱石ね」なんて、名前は知っていても、実は作品を読んだことがないし、ざっくりとしたあらすじさえ語れない。そんな人に向けて、文芸評論に人生を捧げてきた「文豪」のスペシャリストが贈る、文芸作品が一気に身近になる書『ビジネスエリートのための 教養としての文豪(ダイヤモンド社)。【性】【病気】【お金】【酒】【戦争】【死】をテーマに、文豪たちの知られざる“驚きの素顔”がわかる。ヘンで、エロくて、ダメだから、奥深い“やたら刺激的な生き様”を大公開!
※本稿は、『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【SFの神様】半世紀前から“AI社会”を先取りしていた…星新一が今のビジネスに効く理由イラスト:塩井浩平

「ショートショートの神様」は
財閥の御曹司

星新一(ほし・しんいち 1926~1997年)東京生まれ。本名・星親一。東京大学農学部卒。代表作は『ボッコちゃん』『悪魔のいる天国』『未来いそっぷ』など。「ショートショートの神様」と称される掌編小説の名手。父は「東洋一の製薬会社」といわれた星製薬の創業者・星一。昭和26(1951)年、父の急逝により東大大学院を中退して、星製薬の取締役社長となる。会社を譲ったのち、執筆活動をスタート。短編小説『セキストラ』を同人誌に発表したところ探偵小説作家・大下宇陀児の目にとまり、江戸川乱歩編集の商業誌『宝石』に転載されデビュー。新進気鋭のSF作家として話題になる。生涯執筆したショートショートは、1001編を超す。平成9(1997)年に口腔がんの手術で併発した間質性肺炎により71歳で死去

世代を超えて愛されるショートショートの神様
書店で出会える、不朽の物語たち

星新一はデビュー後、瞬く間に掌編小説の名手として、売れっ子作家になりました。

いまも書店の「新潮文庫」コーナーに行くと、星新一作品がずらっと並んでいます。「読書の入門編」として子ども向けに編集されたショートショート短編集も発売されているくらい、誰が読んでも読みやすく、楽しめるのが特徴です。

手のひらの上の宇宙「掌編小説」とは?
川端康成をも凌ぐ、1001の奇想

そもそも「掌編小説」とは、400字詰めの原稿用紙10枚にも満たない、ときには1枚から2枚程度で完結してしまうような、非常に短い小説です。

川端康成も掌編小説を熱心に書いたことで知られており、掌編122編を収録した『掌の小説』(新潮文庫)もありますが、新一が書いたのは、それをさらに上回る1001編以上。昭和58(1983)年に、1001編目を書き終えたことが明らかになっているのです。

短いからこそ、鋭く、面白い
代表作『ボッコちゃん』の完璧なヒロイン

それぞれの作品は奇想天外で、しかも短く、面白い短い物語のなかに、イソップ寓話的な教訓や現代文明の風刺、壮大なスケールが盛り込まれているのが、星新一文学の醍醐味といえます。

たとえば、代表作『ボッコちゃん』は、こんな書き出しから始まります。

「そのロボットは、うまくできていた。女のロボットだった。人工的なものだから、いくらでも美人につくれた。あらゆる美人の要素をとり入れたので、完全な美人ができあがった。もっとも、少しつんとしていた。だが、つんとしていることは、美人の条件なのだった」

バーカウンターに咲いた、一輪の美しい花
美しきバーテンダーの、したたかな秘密

このロボットをつくったのはバーのマスター。「ボッコちゃん」という名前をつけ、バーのカウンターに置くことにしました。

ロボットだから酒はいくらでも飲めるし、精巧な美人だったので、バーの客たちには大好評。ボッコちゃんの体内に入った酒は、足にとりつけたプラスチックの管から回収し、また再利用する……と、なかなか小狡いやり方を思いつきます。

悲しき恋の結末と
鮮やかな大どんでん返し

そんなボッコちゃんをロボットと気づかず、ある青年が恋をしてしまって……というストーリーです。あっと驚かされるような明確なオチがあるのは星作品の特徴でもありますが、この『ボッコちゃん』のラストは、その代表格ともいえます。