資生堂をグローバル企業へと転換させる
コカ・コーラでは5年半ほど日本法人の社長と会長を務めましたが、グローバル企業で働いていると、海外との打ち合わせも多いので、24時間働かなければなりません。そろそろ退職してのんびりしようかな、と思っていたところに、当時の資生堂の社長から、マーケティングの改革をやりたい、ということでお声がかかりました。
最初はマーケティング統括顧問としてお手伝いをしていたのですが、ある時、資生堂の社外取締役の方たちから、「資生堂は老舗企業だが、業績が厳しく、危機意識を持っている。外部から経営者を招き入れたい」というお話があり、私に白羽の矢が立ったのです。
相当悩みましたが、信頼するメンターから「外資企業で育ってきたあなたに頼んでくるということは、資生堂が生まれ変わるために期待されているのだから、それに応えるべきだ」という後押しもあり、2014年4月に執行役員社長CEOとして入社しました。
入社して改めて認識したのは、業績が落ちているから現場の士気が下がり、負の連鎖が起きていたことです。現場の人間は本社の言うことを信じていませんし、本社は「良い商品なのに現場に力がないから売れない」と考えている。相互不信が企業内の組織カルチャーに影響を与えていると感じました。
そこで私は覚悟を決めて、資生堂をグローバル企業へと転換させる戦略を打ち出しました。さまざまなバックグラウンドの人が働くカルチャーをつくる。さらに、これから100年続く企業になるための基礎づくりに着手しました。
まずは現場の声を聞くべく、アメリカの物流拠点であるディストリビューションセンターを訪ね、厳しい状況であることが分かりました。さらに、訪れた研究拠点では研究員の改革への無関心さや反発などを感じました。
会社の実態を知ることにより、これまで歴代のCEOが何度も改革に挑戦したものの、いずれも成果につながらなかった理由と、社員の心が会社から離れかけている現状を目の当たりにしたのです。
マトリクス型組織への変貌
まず取りかかったのは、社員全員を企業理念の下に結集させるためのパーパス、ミッションづくりです。ミッションムービーを製作して世界中の社員と共有しました。化粧品を販売することを目的として存在しているのではなく、我々はそれを通じて世界の人たちを美しく、そして幸せな人生を送っていただく、そこにこそ存在価値があることをメッセージとして伝えたかったのです。
さらに中長期的戦略として「VISION 2020」をまとめ、6年で売上高1兆円、営業利益1000億を目指すという高い目標と掲げ、そのための道順を策定し、持続的な売上成長、利益拡大を目指すために投資の強化を行いました。
また、6つの地域とブランドカテゴリーを掛け合わせたマトリクス
さらに、経営会議の公用語を英語にすることで、ディベートやコンフリクトが活発に交わされるように変化させたのです。経営会議の中で重要視しているのは、人の話を聞くこと、さらに悪いニュースは隠さず早く共有すること。経営者が誠実であることは極めて重要であり、自分自身がどのような立ち位置をもって行動するのかは、組織全体に大きな影響を与えるからです。

こうした経営改革が実を結び、2017年に2020年の目標としていた売上高1兆円超を3年前倒しで達成、営業利益も2年前倒しで達成しました。 2020年には新型コロナウイルス感染拡大により大きな影響を受けましたが、それでも短期間で構造改革を実現させました。
一方で、ヘアケアの「TSUBAKI」やメンズブランドの「uno」といった日用品事業の譲渡を決断しました。宣伝広告を多く打つのでブランドとしては目立つのですが、事業全体で見ると売上が落ちていました。これから先を考えたときに、資生堂は美を追求する会社として、美容部員を活用しながら高価格帯の化粧品の事業モデルをグローバルで確立させることが重要だと考えたのです。しかし、日用品は高価格帯化粧品と事業モデルが異なります。だから、新しい会社で日用品事業の社員が、自分たちの手で未来の事業を描けるようにしてもらいたかった。つまり、「夢を持てるような会社」になってもらうことが目的で、事業を譲渡したのです。