矢野さんは、イベントの幹事は得意ではないものの、少しでも部署のみんなの役に立ちたいという思いがあります。予算内でみんなが喜びそうなお店を探したり、遅れてくる社員のために細やかな配慮を考えたりすることを、彼女なりに楽しんでもいました。

 しかし、Hさんは矢野さんが幹事の順番にもかかわらず、「私がやります!」と言って、積極的に幹事を申し出ることが何回かありました。矢野さんが「私の順番だから……」と言いかけても、Hさんは、「こういうのは、やりたい!って思ってる人が企画したほうが面白いから、私に任せてくれていいよ」などと言って、笑顔であるものの強引に幹事を引き受けていたそうです。

 矢野さんは幹事業務を苦痛に感じているわけではないのですが、これではまるで自分が幹事役を嫌がっているように周囲のみんなに思われているのではないかと、不安になることもありました。こんな2人の新人の様子を見ていた上司から、「2人は正反対のタイプだね」などと言われたことがありますが、そのときはモヤモヤした気分になり、そのあともしばらく引きずってしまったそうです。

「あの企画を最初に思いついたのは私……」
自分を陥れようとする同僚

 そんなある日、新人の配属を含めた人事の噂(うわさ)が流れ、どうやら企画営業部は、仮配属の新人を1人だけ本配属にするらしいということでした。このあたりから、矢野さんはHさんの言動にモヤモヤすることがさらに多くなってきたということです。

 たとえば、懇親会の場で、矢野さんが上司から褒められた企画が話題になったことがありました。その企画は、大学時代から考えていたアイディアを発展させたもので、褒められたときは涙が出るほど嬉しかったそうです。

 しかし、この話題が出ているのを少し離れた席から見ていたHさんが、酔った勢いに任せてか、「あの企画、実は最初に思いついていたのは私なんですよ……」などと近くの席の社員に言っているのが聞こえました。

 たしかに、この企画資料を矢野さんが作成していたときに、Hさんにどんな企画を考えているのか聞かれて説明したことがありました。そのとき彼女が、「これ、私も前に考えたことがある」などと言っていたのを覚えています。しかし、その企画は統計学に詳しくなければ思いつかないような斬新なものであり、Hさんに統計学を駆使するようなスキルはありません。

 矢野さんは、酔っていたとはいえそのようなことを言うHさんに対して、違和感を抱いたのを覚えています。けれども、Hさんが矢野さんをチラチラ見ながら近くの社員に話しているのを見たとき、「絶対に私よりHさんの話を信じるだろうな」と思ってしまい、聞こえていない振りをするしかありませんでした。