人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 発売たちまち重版となった『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。
壮大な実験
宇宙での生活を模擬する試みの中でも、最も有名な(あるいは悪名高い)のが、「バイオスフィア2」での実験だろう。バイオスフィア2は、アリゾナ砂漠に建設された、一・二七ヘクタール(サッカー場約二面弱に相当)の巨大なテラリウムだ。
この施設は、一九七〇年代に一部の先駆者たちによって構想され、最初のクルーを迎え入れるまでに、熱帯雨林やサンゴ礁付きの小さな海洋をはじめ、農作物栽培用のエリアなど、さまざまな生態系が整えられた。
内部には、ハチドリやブッシュベイビー(メガネザルの一種)を含む三〇〇〇種以上の生物が持ち込まれた。
一九九一年九月二十六日、最後の仕上げとして八人の人間が加わり、理論上は食料、空気、水のすべてを自給しながら無期限に生活できるはずだった。
だが、現実はそうならなかった。
追い詰められていくクルーたち
有機物に富みすぎた土壌の中で繁殖したバクテリアが人間よりも酸素を消費し、壁材のコンクリートが空気中の二酸化炭素を吸収して植物を枯らし、生態系は不安定になった。授粉のために導入されたミツバチやハチドリは死に絶え、作物も育たなくなった。
酸素濃度は標高四三〇〇メートルに匹敵するレベルまで低下し、クルーは文字通り息も絶え絶えになった。
無残な結末
最終的に、外部から酸素が送り込まれたことで彼らは救われたが、物資も密かに補給されていたことが後に発覚した。そして一九九四年四月四日、居住者の安全を案じたかつてのクルー(二名)が、密閉された扉を破って外気を入れた。
「無期限の自給自足」という夢は、無残な結末を迎えたのだった。
現在、バイオスフィア2はアリゾナ大学によって管理され、気候変動が生態系に及ぼす影響を調べる実験の拠点となっている。とはいえ、最初の理想に満ちた試みが、当時語られたほど単純な失敗だったわけではない。
SFのような宇宙コロニーの実現のために必要なこと
創設者やクルーたちは、外界から完全に隔絶された自給型の居住環境を作るには何が必要なのかについて、多くの知見を得た。
とりわけ明らかになったのは、長期にわたって安定を保つ生態系を作ることが、いかに困難であるか、そして、それはいまだ達成されていないという厳然たる事実だった。
バイオスフィア2の失敗は、おそらく「目標が高すぎた」からではなく、むしろ「規模が小さすぎた」ことにあった。それも桁違いに。
わずか一ヘクタールあまりの土地に複数の生態系を詰め込んだだけでは、安定性も持続性も到底期待できない。
人類が単なる短期滞在者ではなく、本格的に宇宙空間に進出するには、少人数から始め、やがて数十人、数千人、さらには数百万単位の人々を支えうる「自給自足型の生態系」の構築に向けた、はるかに大規模な研究が必要だ。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)
著者:ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。1987年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。前作『
超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)は、優れた科学書に贈られる、王立協会科学図書賞(royal society science book prize 2022)を受賞し、ベストセラーとなった。
訳者:竹内 薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(ジル・ボルト・テイラー著、NHK出版)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)、『
超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)などがある。
自然科学と人文科学の間に見事に橋を渡し、人類の未来に対する深い洞察を与えてくれる――訳者より
ヘンリー・ジーの最新作『人類帝国衰亡史』は、ホモ・サピエンスの起源から絶滅の予兆までを描いた、壮大な叙事詩である。
全体は「台頭」「凋落」「脱出」の三部からなり、人類の物語をあたかも古代ローマ帝国の興亡になぞらえて描いている。
第一部「台頭」では、人類の祖先である初期ホミニンの登場から始まり、二足歩行という決定的特徴により他の類人猿と一線を画した道を歩み始めた経緯を語る。
第二部「凋落」では、ジーが指摘する「転落の始点」およそ五万~二万五千年前、ホモ・サピエンスが唯一の生き残った人類種となった瞬間――から、不可避の衰退が始まったとしている。
農業の発明、家畜化、都市化、そして人口爆発に至るまで、人類の繁栄がいかに生態系と自らの生存基盤を侵食してきたかを、遺伝的多様性の低下、農業依存、感染症の蔓延などの事例とともに描いている。
第三部「脱出」は、暗い未来の中に差す希望の光を描いている。ジーは、宇宙移住や技術的進化によって、人類が絶滅を免れる可能性を模索する。そのためには「一つの種」であることをやめ、多様な「ポスト・ヒューマン」への分岐を果たすことが必要だと主張する。
本書の主張は衝撃的だ――ホモ・サピエンスの衰退はすでに始まっており、絶滅は不可避、しかもそれは今後一万年以内に起こりうる、というのである。
しかし本書は単なる悲観論ではない。むしろ、「今が転換点だ」と、強く警鐘を鳴らし、私たちの選択と行動によって未来は変えられると示唆している。
この本が持つ意義は、まず第一に、人類史を扱う際の「時間スケール」を根本から問い直す点にある。本書は、進化生物学、古人類学、人口統計学、気候科学、未来学といった異なる学問領域を横断的に見渡し、人類の歴史を単なる文明の興亡ではなく、「生物の興亡」と位置づける。
それにより、読者は地球四十六億年の歴史の中で人類という存在が占めるわずかな時間の重みと、その有限性を直感的に理解することができる。
ところで、本書は自然科学の枠組みで書かれているが、文系読者にも強くオススメしたい。本書は、人類史をひとつの「物語」として味わうことができるよう工夫している。
科学的な事実を詩的かつウィットに富んだ言葉で描き出すジーの文体は、文学的素養を持った読者に強く訴えかける。加えて、本書は人間という存在を「時間」「空間」「存在」という三つの軸から捉えようとする学際的な試みでもあり、自然科学と人文学を統合する現代的な知のスタイルを象徴している。
科学と人文学の垣根を越えた本書は、理系・文系を問わず、人類の過去と未来に深い関心を持つすべての読者にとって、貴重な知的体験となるはずだ
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竹内薫氏(サイエンス作家)
「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」
けんすう氏・大絶賛!
「人類がそろそろ滅亡する理由がこれでもか?!ってほどわかります!」