シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

西欧より進んだ文明を持ちながら、なぜ中国で産業革命が起こらなかったのか?Photo: Adobe Stock

中国は経済発展より、
政治システムの安定を重視する

 現代のトレンドを読むカギは、過去の歴史にあり――その事例として中国の話を紹介しよう。

 中国は火薬、印刷技術、羅針盤、大航海に使える巨大帆船など、これらの発明を西欧より100年以上も前のタイミングで実現していた。

 しかし、中国には王権に対抗できるような貴族や商人は生まれなかった。

 したがって、商人が中国で発明された技術を使って生産性を向上させ、その余剰(成果)を自分の財産として保有する権利も保証されなかった。

 そのため、中国ではこうした発明が社会に実装され、経済人を豊かにするような産業革命は起こらなかったのだ。

 その後、1978年末に鄧小平氏が改革開放路線を打ち出し、市場経済の導入に舵を切るが、1989年に起こった天安門事件により、改革開放路線は一時後退した。

 しかし、ふたたび改革開放が加速し、中国に数多くの起業家が誕生。ベンチャーキャピタルが科学技術を商業化すべく、多くのスタートアップに投資した。

 ところが、2020年10月24日に上海で行われた金融フォーラムでジャック・マー氏の「時代錯誤の規則が中国の技術革新を窒息死に追い込む」との政府批判発言を契機に、中国政府は、ふたたび中国における起業家の台頭に冷や水を浴びせた。

 結果として、ジャック・マー氏は公の場から姿を隠し、アリババ傘下のアント・フィナンシャル(現アント・グループ)のIPOが中止されるなど、重大な影響を受けた。

中国は、帝王に挑戦するような新興の政治や
経済勢力の台頭を許さない

 中国は、過去から現在もずっと帝国国家で、帝王に挑戦するような新興の政治や経済勢力の台頭を許さなかった。

 習近平氏もそこは同じだ。

 よって中国からかつてのジャック・マー氏やポニー・マー氏(IT企業テンセント創業者兼CEO)のような存在が、今後生まれることは考えにくい。

 中国は、国民が先進国並みに豊かになることと引き換えに、政治や社会が不安定化することは望まない

 産業革命が中国で起こらなかった背景には、中国のこうした社会的・文化的な特質がある。

 中国は国家全体の経済発展よりも、政治システムの安定を重視し、そのためなら国家全体の経済的進化も犠牲にするのだ。

 今後の中国もそこは変わらないだろう。

 中国の政治を不安定化してまで、自前の持続するイノベーションが、中国を先進国並みに豊かにするところまで継続するとは思えない。

 過去の中国の歴史的な特質から、中国の強みと限界を読み取ることができる。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。