新刊『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』(ロジャー・ニーボン著/御立英史訳、ダイヤモンド社)は、あらゆる分野で「一流」へと至るプロセスを体系的に描き出した一冊です。どんな分野であれ、とある9つのプロセスをたどることで、誰だって一流になれる――医者やパイロット、外科医など30名を超える一流への取材・調査を重ねて、その普遍的な過程を明らかにしています。今回は記憶に残りやすい人の特徴を、『EXPERT』を元にしてお届けします。(構成/ダイヤモンド社・森遥香)

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記憶に残りやすい人の特徴

あなたの話を、相手はどれくらい覚えているでしょうか。

会議や商談、面談、あるいは日々の雑談など、私たちは「何を話すか」にばかり意識を向けがちですが、実は記憶に残るのは「話の内容」ではなく、「どんな印象を残したか」なのです。

マジシャンは観客の「記憶」を操る

『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』にはこんな一節があります。

マジシャンのウィル・ハウストンは、「マジックは一つのトリックで観客を三度楽しませる」と言う。一度目は、そのトリックを見たとき。二度目は、後からそれを思い返し、あのとき何が起きたのかを考えるとき。三度目は、その驚きをだれかに話すときだ。三度のそれぞれで、記憶の中の出来事は少しずつ変化する。最高のマジシャンは、三度のすべてに働きかけることができ、実際の出来事ではなく、「覚えていてほしい」とマジシャンが思うことを観客に記憶させるのだ。
『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』p.348より

観客は「起きた出来事」そのものを覚えているわけではありません。マジシャンは、三度の体験それぞれに働きかけ、「覚えていてほしいこと」を観客の記憶に残すのです。つまり、達人は相手の記憶の編集者でもあるのです。

この発想は、マジックだけでなく、すべてのプロフェッショナルに共通しています。たとえば、医師が患者を診察するとき。患者は、医師の説明内容を細かく覚えているわけではありません。

「診察してもらってよかった。先生は私の健康状態を心配して、気づかってくれた」と感じられることこそが重要だ、と著者は述べています。

記憶に残るのは「感情」のほうだ

心理学の研究でも、人は「何を言われたか」より「どう感じたか」を長く覚えていることがわかっています。だからこそ、私たちが本当に意識すべきなのは、「伝え方」よりも「感情の残し方」です。

商談でもプレゼンでも、「あの人と話すと前向きな気持ちになれる」「丁寧に聞いてくれる」「誠実だった」という印象があれば、内容が多少伝わらなくても、相手の記憶にはプラスの体験として刻まれます。
逆に、どんなに論理的で完璧な説明でも、冷たい印象を与えれば、残るのは「冷たい人だった」という感情だけです。

つまり、人の記憶は「情報」ではなく「感情」によって形づくられるのです。

「仕上がり」よりも「時間の質」

美容師ファブリスの話も印象的です。

「客がヘアスタイリストのファブリスを指名するのも、たんに彼が仕上げてくれるスタイルが気に入っているからではない。彼に髪を切ってもらう時間が楽しかったという記憶があるからなのだ。」
『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』p.249より

同じことは、どんな仕事にも当てはまります。結果よりも、プロセスの中で「どんな気持ちを相手に抱かせたか」が、最終的な印象を左右するのです。

プロジェクトを成功させる人、営業で信頼を勝ち取る人、後輩に慕われる上司など、彼らに共通するのは、相手が「一緒に過ごす時間」を良い記憶として持ち帰るようにしていることです。

(本記事は、ロジャー・ニーボン著『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』を元にしたオリジナル記事です。)