新刊『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』(ロジャー・ニーボン著/御立英史訳、ダイヤモンド社)は、あらゆる分野で「一流」へと至るプロセスを体系的に描き出した一冊です。どんな分野であれ、とある9つのプロセスをたどることで、誰だって一流になれる――医者やパイロット、外科医など30名を超える一流への取材・調査を重ねて、その普遍的な過程を明らかにしています。今回は、楽器チェンバロの名匠が大切にしていることを、『EXPERT』本文より抜粋・一部変更してお届けします。(構成/ダイヤモンド社・森遥香)

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チェンバロの名匠が大切にしていること

多くのエキスパートにとって、退屈な作業はキャリアを通じて仕事の核心にあり続ける。チェンバロ製作の名匠アンドリュー・ガーリックもそんな一人だ。四五年以上にわたって楽器を作り続けており、世界中の演奏家から高い評価を受けている。彼の代表作である二段鍵盤のチェンバロは、ジャン=クロード・グージョン〔精巧な装飾とすぐれた音響特性で知られるフランスのチェンバロ製作者〕が一七四九年に製作した歴史的名品(フィルハーモニー・ド・パリの楽器博物館所蔵)をモデルにしたものだ。

アンドリューはチェンバロのすべての部品を自分で作る。響板の成形や鍵盤の切り出し、弦を張ることから外装の塗装まで、すべて自分の手で行う。すごく手間がかかるので、一年に五台しか作れない。工程のうちの単調な部分について、だれか手伝ってくれる人がいるのかとたずねたら、「いない」という答えが返ってきた。

彼にとって、単調な作業も、一つの楽器を最初から最後まで自分の手で作り上げるという満足感の一部なのだ。すべての鍵盤を切り出すのは退屈で、ほかのだれかに任せることもできる。しかしアンドリューは、それも「よい仕事」をするうえで欠かせない工程だと考えている。退屈でも、その作業には取り組むだけの価値がある。単調な工程も、自分の仕事に責任を持つことの一部であり、その責任こそが、熟達していく過程の一部なのだ。

(本記事は、ロジャー・ニーボン著『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』の抜粋記事です。)