「だから、いざというときに備えてがん保険に入っているのよ。でも、もうずいぶん前に入ったものだから、今の保障に合っているのか、内容が全然わからないんだけどね」

 なんとか誘導できればと身構えていたが、本人から保険の話を持ち出してくれた。願ったり叶ったりだ。親身に感じてもらえるように深くうなずきながら切り出す。

「保険証券や設計書はお持ちですか?」

 深沢さんは奥の間に引っ込んで、しばらくして保険証券を持ってきてくれた。

 たしかに30年以上前のがん保険で、保障内容がかなり古い。

 昔のがん保険は、保険料が圧倒的に安い。ただ、カバーされる内容が今の医療にまったく合っていない。これに対し、最新のがん保険は、入院に重きを置かず、放射線治療やがん診断一時金など、患者がすぐ必要とするニーズに応える内容であるが、その分、保険料が高くなる。

「がんは2人に1人はかかると言われてますからね。最新のものに替えておけば、もしそうなったときも安心ですよね」

 私は深沢さんを口説きにかかった。

「2人に1人はがんになる時代です」│研修で、嫌というほど聞かされてきたセリフ。消費者の不安を煽り、商品を販売する手法だ。

 私は医者ではないから、医学的なことはよくわからない。ただ、「がん」は細胞の一部が変異してしまった状態を指すらしい。人間の体は約60兆個の細胞から成り立ち、長く生きていれば、どこかしらの細胞がおかしくなる。そういう意味では、誰でも「がん」を持っているともいえる。

 実際、2020年の「がん情報サービス(最新がん統計)」によれば、日本人が

 一生のうちにがんと診断される確率は男性で62%、女性で49%。よって、「2人に1人はがんになる」というのはあながち間違った話ではない。

 では、みんながん保険に入るべきか?

 じつは私はがん保険に入っていない。無駄だと考えるからだ。

 日本には「高額療養費制度」があり、治療費が一定額を超えると、その超過分は公的扶助でまかなえる。つまり、多額の医療費がかかっても経済的リスクはある程度抑えられる。それに長期間保険料を支払っても、がんにならなければ給付を受けられず、費用対効果が悪い。極論、貯蓄さえしておけば、がん保険に入る必要などないのだ。