慌ててザックを担いで下山し始めたが、クマもその後を追ってくる。後方10mほどまで迫ってきた時に、5人は高さ2mある岩に飛び乗った。姿勢を低くしながら唸るクマとしばらく睨み合いが続いたが、次の瞬間、5人の間を割るようにクマが飛びかかる。

 勢い余ったクマはそのまま反対側の斜面を転がり落ち、すぐさま体勢を立て直して再び襲いかかってきた。5人はザックを先に落として30mほど走り振り返ると、クマは人間を追うことなくザックの中身を漁っていたという。

 かろうじて、5人は全員無傷で生還した。果たしてこのクマが、福岡大を襲ったクマと同一かどうかは定かではないが、日時と場所、攻撃性の高さから、そう見てもおかしくはないだろう。

気がついたら10m後方に……
最初の犠牲者が出てしまう

 下山途中だった北海道学園大学のパーティーが、ハンターの出動要請を引き受けてくれることになり、2人は「まだ上に仲間がいるから」と再び沢を登って引き返した。

 午後1時頃、カムエク近くの稜線で5人は再び合流。鳥取大学のパーティーと出会い、少し会話を交わした後、午後3時頃に標高1880m地点にテントを張った。翌日、カムエクをピストンして八ノ沢へ下りるルートが付近にあったこと、また沢よりも高所である稜線上の方がクマの行動をとらえやすく安全だと判断したからだ。

 しかし、夕食を済ませて寝る準備をしていると再びクマが現れた。午後4時30分頃のことだ。

 5人はテントを離れ、1時間半ほど様子を見た後、八ノ沢カールに幕営すると言っていた鳥取大学に合流させてもらおうとして稜線を下り始める。しかし、気がついた時にはクマは10m後方まで迫っていた。

「クマだ!」と誰かが叫び、全員が散り散りになりながら逃げていた中、生い茂るハイマツの中で「ギャー!」という悲鳴とともにゴソゴソと格闘している音が聞こえてきた。途端にAがそのハイマツ帯から飛び出して「チクショウ!」と大声で叫び、クマに追われるかたちで足を引きずりながら八ノ沢カールへ向かって走って行った――。これが、Aが目撃された最後の場面となる。

 その後、リーダーが集合をかけたが、集まったのは3人のみ。30mほど下からBの応える声が聞こえたが、姿は見えなかった。