
「ヘブン記者!」
 ヘブンがこんなにも贅を凝らした朝ごはんを食べないとウメは落胆する。
 平太はヘブンが天狗(てんぐ)になっていると憤慨していると、錦織が迎えに来た。
 初登校の日だというのに、食事も取らずに閉じこもっている様子に錦織もほとほと困る。
「異人というのはなにもわかっちゃいない」と錦織は、今度は無理に襖(ふすま)を開けようとするが、トキが止める。
「ヘブン先生はこわいんじゃないでしょうか」
 初めて松江に来た日、握手をしたら、手が震えていたことがトキには気になっていた。
「日に日にこわくなって、いらいらして、叫んだりして」いるのではないかとトキは洞察する。
「ヘブン先生も人間です。私たちと同じ。天狗でも鬼でも河童(かっぱ)でもなく」
 トキにものすごい正論を突きつけられて、錦織はハッとなる。
 もともと頭のいい錦織だから、トキの言葉で頭がすぐ切り替わった。
「これは天岩戸でしょうか。あなたのお好きな『古事記』に載っていました」
 頭ごなしに怒りをぶつけるのはやめて、ヘブンの気持ちに寄り添う。天岩戸とは天照大神が閉じこもった場所で、そのせいで世界が終日夜になってしまう。困った人々が天岩戸の前で愉快に歌い踊っていると、気になって天照大神が顔を出すという神話である。錦織は知事から、ヘブンが古事記を読んで日本に興味を持ったと聞いたのだ。
 相手に寄り添いつつ、それでも錦織は自分の目的を達成しようと襖を強く開ける。
「出ていけ!」とヘブンは怒りをぶつける。
 だが錦織も負けてはいない。
「ヘブン記者!」と呼びかけた。
記者? ヘブンは教師ではなく、ジャーナリストだったのだ。梶谷(岩崎う大)と同じである。
ヘブンが教師ではない。これが知事の言う「とてつもなく大事なこと」だった。ここでまた風鈴の音が鳴る。心もとない気持ちの表れのように。
いったいどういうことだろう。ヘブンは教師と偽って日本に来たということか。鳴り物入りでやってきて、実は教師の資格がなかったというのは松江市としては大問題なのでは……。外国から来たニセ教師事件に発展してしまうのか。







