「こわいからじゃなくてああいう人なんじゃ……」
 おそらく錦織も、知事から秘密を聞かされて動揺していることだろう。だから、ヘブンは学校に行く準備をしないで、遊郭で浮かれていたのかと思うと怒りがこみあげてもくるだろう。
 だが、部屋を覗くと、懸命に日本語を勉強していた形跡があった。
 錦織は冷静に英語で話しかける。
「日本語は要りません。教育的な言葉も必要ありません。あなたが話す言葉をあなた自身を みんなは待っています。それでも困ったら私がいます」
こういういいセリフを日本語ではなく英語で放送する『ばけばけ』。なかなか攻めている気がする。「あなたを待っています」だけが日本語だった。これはこれで印象深くなる。
英語で錦織の誠意が通じたのか、ヘブンは肩の力を抜いて、「腹減った」と日本語で言う。
 ヘブンは学校に行くことにして、着替え、食事を摂る。
 すっかり穏やかになったヘブンを見ながら、錦織はトキに礼を言う。
「私は人間扱いしていなかった。震えていたなんてこれっぽちも気づかなかった。ありがとう、恩にきる」
体も声も大きくて、頭も良さそうな人物。しかも日本を西洋化しようとする西洋人のひとりである。そんな人物が日本人に対しておびえているとは意外でしかないのだろう。だがどんなに有利な立場にあったとしても、たったひとりで文化も言葉も違う場にいたら、やっぱり不安になるもので。そこは西洋人も東洋人も変わらない。
勉強のできる錦織が気づけなかったことを、学はないし、古い怪談を好んでいるトキが気づけた。人間の本質に気づく力は、難しい学問を学べばいいというものでもないのだろう。
 ヘブンは決して傍若無人な西洋人ではない。そう思い直そうとしたら、ウメに魚の骨やしじみ汁のしじみをとるのを面倒くさがって「とって!」とわがままを言っている。その様子に、錦戸はまた思い直す。「こわいからじゃなくて、ああいう人なんじゃないか……」
 単なるわがまま。単なるイラチ。それはそれで人間くさい。
さて。ニセ教師問題だが、錦織も貧しく学校に行けなかったので、資格なしで教師をやっていたことがある。それがようやく試験を受けて資格を得たところ。彼も長らく後ろめたい気持ちを抱いていたのではないだろうか。帝大生でないコンプレックスを抱えていただろう。だからこそ、この件をきっかけにヘブンに親近感を抱くようになったのではないか。そんな気がする。









