社会的な「成功レール」の崩壊、どんどん不確実になる未来、SNSにあふれる他人の「キラキラ」…。そんな中で、自分の「やりたいこと」がわからず戸惑う人が、世代を問わず増えています。本連載は、『「やりたいこと」はなくてもいい。』(ダイヤモンド社刊)の著者・しずかみちこさんが、やりたいことを無理に探さなくても、日々が充実し、迷いがなくなり、自分らしい「道」が自然に見えてくる方法を紹介します。

「私なんて、生きている価値があるのだろうか」と思ったら……Photo: Adobe Stock

「場所」によって求められる能力は変わる

 ときどき、自分には「強み」も「価値ある能力」もないように感じる、とおっしゃる方がいます。そんな方にお伝えしたい話をします。

 私はこの夏、モンゴルに行き、遊牧民の暮らす草原に滞在しました。
草原はただただ広く、遠くに草を食む動物がぽつぽつと見えます。人が作ったものは、木と布で作られた簡易な住居、ゲルのみです。
 草原の暮らしは、町の暮らしとは何もかもが違います。町で必要な能力でも、この草原では価値が無くなるのです。

 私は会社員時代、経理を20年ほどやってきていて、お金の管理には自信があります。どんなに小さい会社でも経理担当の人がいるように、日本では重宝される能力です。

 でも、もし私がモンゴルの遊牧民だとしたらどうでしょうか?

 遊牧民にとって、「お金の管理」とは、「家畜の管理」にほぼ等しいです。家畜が財産で、現金が必要になったら家畜を売って現金を得ます。
 その人がどれくらいお金持ちかを表すのに、日本では「あの人の貯蓄額は」のように金融資産の額で表しますが、遊牧民は「家畜を何頭持っているか」で表すそうです。1000頭以上持っていると、大金持ちの扱いだといいます。(家畜は1頭3万円らしいので、1000頭いると3000万円分の財産を持っていることになります)

 そもそも遊牧民の暮らしでは普段の生活で現金が必要になることはないようです。商店はないし、銀行やATMもないので、現金を使う場所がないのです。現金を使うのは、町に特別なものを買いに行く時子どもが進学して町に行くときなどに限られます。

 ですから、私がこれまでお金を稼いできた「経理能力」は、モンゴルの草原では使い物になりません。

 逆に、モンゴルで遊牧民として生きていくなら、

目印のない草原でも東西南北がわかる方向感覚
馬に乗って斜面を駆け上がれる体幹
数十キロ先にいる狼を見つける視力

といった能力が大事になるでしょう。

 モンゴルに実際に行ったとき、現地ガイドの方に全日程同行していただいたのですが、其のガイドさんは全く目印がない写真のような草原の真ん中でも、自分がどこにいるか見失いません。そして、馬に乗る姿も格好いいです。バイクや車が普及して、6年前に行ったときよりも馬やラクダで移動する遊牧民の方は減ったと感じましたが、それでも馬を自在に乗りこなし、急な斜面を駆け上がります。

 また、数キロ先にいる野生の狼を見つけることもできます。
「あそこにいる」と言われても、日本人一行は誰もわからなかったのですが、双眼鏡を使うと確かにいるのです。狼は家畜を襲って全滅させる可能性もあるので、見逃せないのだと思います。

 これらの能力は、モンゴルの草原ではないと死に直結する重要なものですが、日本では不要なものでしょう。

自分の価値ってなんだろう?

 こう考えてみると、自分の能力への評価とは、「場所に左右される」ものだと思えませんか?
「これが私の能力!」と思うものは、その場所で必要な能力だから価値があると思えるだけであって、違う場所に行ったら、全く価値がない能力だったりするわけです。

 そう思うと、「私は何をやってもダメな人間だ。私なんて生きている価値があるのだろうか…」なんて、悩んでも意味がないような気がします。
 なぜなら、能力に価値があるかどうかは、今いる場所での評価基準で決められるものであり、私自身の価値とは結びつかないのだ、と思うのです。

 もし今、自分に価値を感じられなくても、それは今いる環境での話。

 別の場所に行けば、今は全く評価されない能力が、生きていく上で欠かせない重要な能力になる可能性があります。
 逆に、今の場所で高く評価されている能力も、環境が変われば役に立たなくなることもある。
だからこそ、一つの場所での評価に一喜一憂しすぎる必要はないし、自分の価値を狭く決めつける必要もないのだと思います。

 大切なのは、今いる場所で最善を尽くしながらも、「自分の価値は一つの場所での評価がすべてではない」ということを心の片隅に置いておくこと。そうすることで、もっと自由に、もっと軽やかに生きられるかもしれません。

*本記事は、『「やりたいこと」はなくてもいい。 目標がなくても人生に迷わなくなる4つのステップ』(ダイヤモンド社刊)の著者しずかみちこさんのメルマガから抜粋・編集したものです。