一家の大黒柱は狭い四畳半で……
京都大学卒業の新聞記者だった義父は、当時いまで言うところのエリートで、仕事一筋の物静かな人だった。この、田舎とはいえ二世帯が充分住める立派な二階建ての家を建てたのも義父で、しっかり家族を支える大黒柱でありながらも全く威張らず権威を振りかざしたりもしない、本当によく出来た人だった。六十五歳の定年までしっかり勤め上げ、その後はこの家でゆっくり老後を、趣味の盆栽とプロレス鑑賞で長閑に暮らせるはずだった。
しかし、いつの間にかこの家は鬼に乗っ取られていた。本来義父の部屋であった応接間に、退職祝いで夫が大きなプラズマテレビをプレゼントした。ケーブルテレビにも入会し、プロレスチャンネルを大画面で心置きなく鑑賞してもらおう、そういう計らいだった。しかし、そのテレビ目当てで応接間を占拠したのは、引きこもりだして毎日暇を持て余していた、鬼だった。
最初は可愛い孫が見たいというのだからと、やさしい義父は譲ってやっていた。するとどんどん調子に乗り、もはや応接間は鬼の住処になってしまった。仕方なく玄関横の隙間風吹き抜ける狭い四畳半で、義父は細々と暮らしていた。せっかく退職して、老いてもまだ身体は夫婦共々元気。ふたりで仲良く出かけたり、毎日一緒にごはんを食べたり、そういった当たり前の暮らしすらも出来なくなっていた。何故なら義母の千代子はすっかり孫である鞠子の世話焼きに夢中で、ごはんの支度も鞠子優先。義父はそれでも文句ひとつ言わず、ひとりでお茶漬けを啜ったり、自分でうどんを茹でたりして、いつも静かに淋しくごはんを食べていた。
それがある日、突然豹変してしまったのだ。
(本記事は、北村早樹子による小説『ちんぺろ』より一部を抜粋・編集しています)
北村早樹子(きたむら・さきこ)
1985年大阪府生まれ。高校生の頃よりシンガーソングライターとして活動。アルバム5枚とベストアルバム1枚を発表する。映画や演劇の楽曲制作や、俳優としての出演なども行う。デビュー作となる小説『ちんぺろ』(大洋図書)が各所で話題。
1985年大阪府生まれ。高校生の頃よりシンガーソングライターとして活動。アルバム5枚とベストアルバム1枚を発表する。映画や演劇の楽曲制作や、俳優としての出演なども行う。デビュー作となる小説『ちんぺろ』(大洋図書)が各所で話題。



