天才・喜久雄の過ち
感情共有なき孤高の狼で周りを犠牲に
任侠の一門に生まれた喜久雄は、天性の才能を見込まれ花井家に引き取られた後、厳しい修行に取り組み続けたことで歌舞伎役者として見事に開花します。その後の紆余曲折は本稿では書ききれませんが、芸才を極限まで高めることに生涯を捧げました。
その執念は、彼を人間離れした「芸の怪物」へと変貌させます。波乱万丈な生涯で常に喜久雄の中にあるのは、「狂気のような自己探求」でした。芸を極めるために、舞台に立つことだけを考えて行動する姿は、まさに狂気の沙汰です。
その代償なのでしょう、彼は自分の想いや周囲への心配りといった情緒的な配慮に欠けていました。喜久雄は芸に邁進する一方で、御曹司として生まれた俊介への羨望・自身の血筋への絶望といった複雑な想いを内に秘めたまま、周囲に本音を明かしませんでした。
Photo:SANKEI
喜久雄は、自分の想いを分かち合わずにひとりで抱え込んでいきます。絶望と孤独の中、死に物狂いで生きる姿は「孤高」といえば聞こえはいいのですが、「感情共有」をしないことで人間関係に軋轢を生む、究極の姿として描かれます。恋人やわが子を顧みず、仲間との関係も破綻させた原因は、まさにそこにあると言えるでしょう。
喜久雄のような一匹狼の生き方を全否定するものではありません。しかし、組織やチームの中で成果を出そうとするならば、喜久雄のやり方では必ず壁にぶつかります。歌舞伎は数多の共演者や裏方と、出資者などに支えられて成り立つ興行です。組織において周囲に理解され、応援される存在になるには、感情共有なき孤高の狼ではいけないのです。







