「ホワイト辞職」に通じるものがある?
若者は「厳しさへの憧れ」を見いだしている

 さて、ここからは国宝が、特に若い世代にも響いた背景について考えていきましょう。

 筆者が思うに、若者は「厳しさへの憧れ」を映画・国宝に見いだしているのではないでしょうか。今はたいていの職場で、コンプライアンスやハラスメントに怯えて上司と部下のコミュニケーションが難しくなっています。現在のリーダー教育では、部下との衝突を避ける「傾聴」や「共感」が主流です。

 しかし、部下も心の底では「このまま甘やかされて、本当に自分は成長できるのか?」と感じています。残業が少なく働きやすいホワイト企業であるにもかかわらず、若手が退職してしまう、いわゆる「ホワイト辞職」はその最たる例です。優秀な社員ほど、より厳しい環境で自身を鍛えたいとか、自己実現の場を求めて転職する傾向があります。

 映画では、師匠の半二郎から喜久雄や俊介が稽古を付けてもらうシーンが何度も出てきます。稽古場でも、時に病室でも、半二郎は非常に厳しく2人を鍛え上げます。こうしたシーンが、Z世代が本質的に求める「成長への渇望」を刺激したのではないでしょうか。

 ただし、彼らが求めるのは、前ページでの半二郎のような感情共有なきトップダウンではありません。そうではなく、弟子の成長を本気で願う師匠の愛情や想いが伝わる厳しさです。愛情(感情)が共有されて初めて、厳しい指導も受け入れられるのです。

 他方、本作をブランディングやマーケティング視点で見ると、「ファンづくりの鉄則」が生きていると思います。顧客に提供する価値を専門用語で、「機能価値」と「情緒価値」と言います。機能価値とは「何ができるか」という実用的な価値のこと。一方、情緒価値とは「どのような感情が得られるか」という心理的・感情的な価値です。

 デジタルネイティブのZ世代はスマホやSNSといった機能価値に囲まれて育っています。だからこそ、機能価値には食傷気味であり、その反動として情緒価値に敏感なのです。

 一例として、富士フイルムのインスタントカメラ「写ルンです」や「チェキ」が流行っています。スマホで簡単に写真を撮れてデジタル加工もし放題の今、あえてアナログ独特の風合いや、手書きの文字でデコレーションを楽しむそうです。

 音楽やファッション、マンガやアニメなども1990年代のカルチャーが今の時代の若者に注目されています。スマホがない時代の温かみを感じる事象が「エモい」などと評されているのです。

 そうした現象はまさに情緒価値の表れです。映画・国宝に話を戻すと、歌舞伎という伝統文化、アナログな熱量や人間臭さが、若者の情緒価値への渇望に「刺さった」と見ることができるのではないでしょうか。