組織を滅ぼす「悪魔の循環」とは?

 だから、リーダーは、まずは「自分を整える」ことを最優先にしなければなりません。リーダーが心に「余裕」をもつことが、組織やチームにとって非常に大切なことなのです。

 実際、リーダーに「余裕」があると、組織が危機に陥ったときにも、それを乗り越える力が生み出されます。

 そんなエピソードを教えてくださったのは、環境変化の激しい業界で、創業以来20年以上も経営を続けてきた中辻さんです。中辻さんに、危機を乗り越える方法についてお話を伺ったときに、印象的なことを語ってくださったのです。

経営状況が悪くなると、社内の人間関係が悪くなる……」

 中辻さんは、そうおっしゃいます。たしかに、組織が危機に陥ると、社員の間には「責任の押し付け合い」のようなコミュニケーションが頻発するのは、容易に想像のつくことではないでしょうか。

 たとえば、経営状況が悪化して社内がピリピリしているときに、うまくいっていない重要プロジェクトがあると、その会議ではこんなやりとりになりがちです。

 Aさん「このタスクは、今週中に終わるって言ってましたよね? まだ完了してないんですか?」

 Bさん「いや、仕様変更が入ったんだから仕方ないでしょう。まだですよ。最初っから、難しいって言ってたじゃないですか」

 Aさん「難しいかもしれない、くらいの言い方でしたよ? そもそも、そういう事態も見越して、あらかじめ手を打っておくのがあなたの役割でしょう?」

 Bさん「ちょっと待ってくださいよ。そもそも要件設定が二転三転して、それを現場に丸投げしてるのは誰なんですか?」

 こうした場面で起こっていることは、タスクを進めることを目的としたコミュニケーションではなく、「責任の押し付け合い」であり、「心理的リースの奪い合い」です。

 Aさんに心理的リソースが不足しているためにBさんを責めるような口調になり、そのことに心理的リソースを奪われたBさんが苛立ちをAさんにぶつけた結果、Aさんがさらに感情的になる……そしてお互いに「自分は悪くない。相手が悪いんだ」ということを証明しようと躍起になる。まさに、「悪魔の循環」です。

リーダーに「余裕」があれば、チームの悪循環を止められる

 中辻さんも、経営状況が悪化したときに、社内でこんなシーンに何度も遭遇したそうです。そして、このような「不毛なやりとり」をやめさせなければならないとお考えになった。

 ただし、ここで社長である中辻さんが、「君たちは何をバカなことをしているんだ! そんなことでお互いに責め合っている場合じゃないだろ! どうするつもりだ!」などと声を荒げたりしたら逆効果にしかなりません。

 社長に責められた社員たちは、より一層心理的リソースをすり減らすことによって、結局のところ、さらにお互いを傷つけ合うようなやりとりへと陥ってしまいかねないのです。

 そこで、中辻さんは心を落ち着けて、こう宣言しました。

いま私たちは、苦しい状況にあります。この状況の責任はすべて、社長である私にあります。だから、一緒に解決方法を考えましょう

 すると、それまで責任を押し付け合っていた社員たちは、少し決まり悪そうにしながらも落ち着きを取り戻し、どうやってプロジェクトを立て直していくかについて、建設的なコミュニケーションを再開。そして、みんなで力を合わせることによって、難局を乗り越えていったのです。

 中辻さんは、こうおっしゃいます。

「経営状況が悪くなると、必ずと言っていいほど『誰のせいか』という犯人探しが始まります。そうなると、会社の雰囲気はどんどん悪くなってしまう。

 だから私は、そんなときは『犯人は社長である自分だ』と宣言することで、『犯人探し』ではなく、『どうやってゴールに向かって立て直すか』に社員たちの意識を切り替えてきました」

 これこそ「リーダーの余裕がもつパワー」だと思います。

 組織やチームが危機的な状況にあると、メンバーも心理的リソースを削られる結果、「責任の押し付け合い」や「足の引っ張り合い」といった、不毛なコミュニケーションに陥りがちになります。そして、社員同士の信頼関係が崩壊し、組織やチームの危機はさらに深刻度を増していくのです。

 しかし、リーダーが「心の余裕」を保っていれば、こうした悪循環に巻き込まれて、メンバーの心理的リソースをさらに消耗させるような愚を犯すことはないでしょう。

 たとえば中辻さんのように「この状況の責任は、自分にある」と宣言することで、「自分の責任が問われるかもしれない」という不安や恐れからメンバーを解き放つことができれば、彼らのポジティブなパワーを引き出すことができるはずなのです。

 だから、苦しいときほど、リーダーは「余裕」をもつことが大切です。

 そのためには、「リーダーは、自分のことよりメンバーを優先すべき」「リーダーが率先して、チームのために貢献しなければ」などと自分を無闇に追い込むのではなく、まずは、自分の心理的リソースを満たすことによって、「心を整える」ことに注力すべきです。それこそが、組織やチームを健全に保ち、危機から救い出す第一歩となるのです。

(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)

櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。