普通の人は「みなさん、ありがとう」と感謝を伝える。では、仕事ができる人はどう感謝を伝える?
「1つに絞るから、いちばん伝わる」
戦略コンサル、シリコンバレーの経営者、MBAホルダーetc、結果を出す人たちは何をやっているのか?
答えは、「伝える内容を1つに絞り込み、1メッセージで伝え、人を動かす」こと。
本連載は、プレゼン、会議、資料作成、面接、フィードバックなど、あらゆるビジネスシーンで一生役立つ「究極にシンプルな伝え方」の技術を解説するものだ。
世界最高峰のビジネススクール、INSEADでMBAを取得し、戦略コンサルのA.T.カーニーで活躍。現在は事業会社のCSO(最高戦略責任者)やCEO特別補佐を歴任しながら、大学教授という立場でも幅広く活躍する杉野幹人氏が語る。新刊『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』の著者でもある。

普通の人は「みなさん、ありがとう」と感謝を伝える。では、仕事ができる人はどう感謝を伝える?Photo: Adobe Stock

仕事ができる人はどう感謝を伝える?

 挨拶が聞こえない職場はないだろう。それも、いろいろな挨拶が職場では飛び交っている。

「ありがとう」
「すいません」
「おはようございます」
「おめでとう」
「こんにちは」
「ご苦労さまです」
「失礼します」
「明日もよろしくお願いします」

 などなど。組織は二人以上で構成されるものであるため、定義的に、他者と働かなくてはならない。そして、他者はどこまでいっても自分ではなく、よくわからない。

 そんな完全にはわかり合えない他者との心理的な距離を縮め、相手とスムーズに働けるようにする潤滑油的なものの一つが挨拶だ。

 自分も挨拶はする方だが、以前に人を動かすのが上手な名経営者と仕事をしたときに、「人を動かすのが上手な人」は挨拶の伝え方も違うのだなと自分の不足を反省し、学びを得たことがある。

「みなさん、ありがとう」とは挨拶しない

 わたしをはじめ、そこに居た複数人に感謝を伝えるときだった。普通であれば、こう伝えるだろう。

「みなさん、ありがとう」

 しかし、人を動かすのが上手な名経営者はそうは挨拶しなかった。かわりにこう挨拶のメッセージを伝えた。

「杉野さん、Aさん、Bさん、Cさん、Dさん……Zさん、ありがとう」

 この人を動かすのが上手な経営者は「みなさん」を使わなかった。かわりに「杉野さん」のようにみんなの名前を入れて、挨拶のメッセージを伝えた。

 もちろん、「みなさん」を分解したら「杉野さん、Aさん、Bさん、Cさん、Dさん……Zさん」なので、意味としては完全に同じだ。

 しかし、メッセージを伝えられた相手にとっては、それらの二つの挨拶は全く違うものであり、具体の名前で言われたときの方が圧倒的に伝わり、圧倒的に刺さるのだ。わたしにも例外ではなく圧倒的に伝わり、圧倒的に刺さった。

 この名前を入れたメッセージが刺さるのは、1メッセージの技術で言うところの「小さな言葉」を使った挨拶になっているからだ。

「小さな言葉」とは、下位概念の具体の言葉のことだ。

 全く同じ意味であっても「みなさん」のような抽象的な上位概念の言葉よりも、その下位概念に分解した具体の名前のような「小さな言葉」の方が、相手には生々しさが伝わる。名前などの固有名詞は「小さな言葉」の典型だ。

 このため、この挨拶は「みなさん」と言うよりも「杉野さん、Aさん、Bさん、Cさん、Dさん……Zさん」と言うことで一人ひとりに生々しく挨拶が伝わり、つまり、感謝がより深く伝わって刺さったのだ。

 それから、この経営者の挨拶を意識して観察してみると、多くの場面で相手の名前を呼ぶようにしていることに気付いた。もちろん、相手の名前を呼ぶためには、相手の名前を憶えていなければならない。

 しかし、その手間がかかったとしても、相手を動かす挨拶をするために、相手の名前を覚える努力をしていたのだろう。忙しい経営者なのにと脱帽した。そして、当時のわたしはそこまでできていなかったため、大いに反省し、自分の挨拶の仕方を改善するきっかけとなった。

挨拶では名前などの「小さな言葉」を入れよう

 挨拶が職場からなくなることはない。挨拶次第で、他者と一緒に動きやすくなり、他者に動いてもらえることもある。そうであれば、挨拶のメッセージには相手の名前などの具体の「小さな言葉」を入れてみよう。きっと、わかりあえない他者ではあるが、その他者との距離がより縮まり、より一緒に動けるようになるはずだ。

 わたしも、そのときの反省から、仕事でも大学教育でも、挨拶のときには相手の名前を入れられる場面では可能な限りで入れるようにしている。

 今年、大学院の学位授与式での学生たちへの式辞では「みなさん、おめでとう」とは言わなかった。もちろん、「Aさん、Bさん、Cさん、Dさん……Zさん、おめでとう」と全員の名前を呼んで伝えてみた。少しでも多く、おめでとうの気持ちを相手に伝えたくて。

 たかが挨拶のメッセージ、されど挨拶のメッセージだ。

(本原稿は『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』を一部抜粋・加筆したものです)