たとえば、「睡眠不足」のために、ココロは元気でも、カラダがついていけてないような気がします。原稿を書き進めなければならないけれど、カラダを休ませてあげないと、原稿の質が落ちてしまうかもしれない。だから、まずは少し仮眠をとることにしよう……。
それから、「原稿の締め切りに遅れたらどうしよう……」という焦りについても少し考えてみました。というのは、焦りがあることで心理的リソースを消耗しているのですが、いくら焦ったところで原稿が進むわけではないからです。だったら、「今はとにかく、一字一字書き進むことに集中しよう。そうすれば、必ず本は書き上がるんだから」と考え方を切り替えることにしました。
また、アタマの領域では、「講演の準備」「イベントの企画」などの比較的小さなタスクについては、タスクリストに書き出しておいて、「来週までは考えない」ことに決めました。こうすることで、心理的リソースの消耗要因を減らすことによって、執筆に費やすリソースを増やすことができるからです。
このように、ワークシートに書き出すことによって、「今の自分の状態」を可視化したうえで内省することには大きな意味があります。
まず、先ほどの私のように、「まずは仮眠をとろう」「焦っても仕方がないから、考え方を変えよう」「小さなタスクは、来週まで考えない」などと、「小さな対処法」を決めるだけで、アタマとココロがスッキリしてくるという効果が得られます。つまり、「今の自分の状態」を内省することで、いま現在の心理的リソースの消耗を食い止めることができるのです。
自分をモニタリングすることで、「消耗パターン」をつかむ
さらに重要なのは、定期的に書き込んだワークシートを、時系列で振り返ることで、どんな出来事があったときにリソースが増えたり減ったりするのか、自分のパターンに気づけるようになることです。
たとえば、私が陥りやすいのは、大きめの仕事が入ったときに、そのことばかりに心理的リソースを奪われてしまい、他の業務に手が回らなかったり、そのことによって負担をかけているメンバーに対して申し訳なく思ってしまうという「消耗パターン」です。それが「焦り」を生み、「睡眠不足」を生み、その結果、パフォーマンスが落ちてしまうという悪循環にはまりがちなのです。
こうした「消耗パターン」が見えてくると、「あ、こういう出来事があったから、心理的リソースが消耗しそうだな」と気づけるようになるし、「だったら、こういう対策を打って、消耗を最小限にとどめよう」などと適切に対処できるようになります。
私の場合であれば、「大きめのタスクは細分化して処理しやすくする」とか、「細かいタスクを先に片づけて、大きめのタスクに集中しやすい状態をつくる」といった対策を打つわけです。こうして、常に自分の心理的リソースをモニタリングしておくことによって、「心の余裕」をつくりだすことがリーダーには求められるのです。
(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)
櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。
【著者からのメッセージ】
はじめまして、櫻本真理です。
最近、さまざまな企業の現場リーダーから、「チームをマネジメントしていくの、ちょっと疲れてきちゃったな……」といった声を聞くことが増えてきました。
人員、予算などのリソースが限られているため、チームの目標を達成するのが難しい状況のなか、なんとかメンバーのモチベーションを高めてもらおうと、あの手この手の働きかけをしています。しかし、そうすることでかえってメンバーとの関係がギクシャクしているような気がするとおっしゃるのです。
しかも、メンバー同士が雑談で盛り上がるようなこともあまりなく、職場にはなんとなく白けたような空気が漂います。お互いに積極的に協力し合ったり、情報を交換し合ったりといった機運もあまり見られない。まさに、チーム全体がどんよりと疲れているように感じられるというのです。
そんなとき、リーダーが目を向けるべきものが、本書のテーマである「心理的リソース」です。
心理的リソースとは聞き慣れない言葉かもしれませんが、私たちはいつも、この心理的リソースを費やしながら仕事をしています。
職場での日常を思い返してください。資料作成、経費精算、会議・プレゼンの準備、データ入力、メール対応、上司・部下との1on1、クライアントとの折衝、他部署との調整、企画立案、突発的なトラブル対応……。
私たちは日々、こうしたタスクに追われていますが、その一つひとつをこなすたびに、心がすり減っているのを感じているはずです。そのときにすり減らしているのが、「心のエネルギー」とでもいうべき活力の源です。
このエネルギーを、マネジメントの視点で見ると、チームとして成果を上げるための貴重な「経営資源」ということになります。そこで、このエネルギーのことを、「心理的リソース」と名付けたというわけです。
そして、チームが停滞気味で、なんとなく疲弊していると感じるならば、メンバーたちがなんらかの理由によって心理的リソースを浪費し、それが枯渇しかかっている可能性を疑ってみるべきなのです。
たとえば、依頼した書類作成に時間がかかりすぎているメンバーがいたとします。このメンバーは、何もしていないように見えたとしても「この判断で合っているだろうか?」「この表現は間違ってるかな?」などと頭のなかで思考がループすることで心理的リソースを消費しているのかもしれません。
もしそうだとすれば、そのメンバーに対して、「まだですか? 早くまとめてください」などと伝えても、メンバーは焦りの感情を覚えることによって、さらに心理的リソースを消耗してしまう結果を招くだけでしょう。
それよりも、書類作成の業務を依頼するときのミーティングに少しの時間を費やし、そのメンバーの疑問点を解消してから取り掛かってもらうようにすれば、心理的リソースの浪費を防ぎ、その節約した心理的リソースを、書類を見やすくする工夫や、内容の整理に使ってもらえたはずです。
あるいは、リーダー自身の無意識的な言動が、メンバーの心理的リソースを奪ってしまっている可能性もあります。
たとえば、リーダーが、仕事のストレスから知らず知らずのうちに不機嫌な表情になっていたとします。本人からすれば、自分の表情が誰かに影響を与えているとは考えてもいないかもしれません。しかし、不機嫌そうなリーダーに話しかけるのは、誰にとっても嫌なものです。
先ほどのメンバーも、書類作成の途中で何度もリーダーに疑問点を確認しようとしたけれど、不機嫌そうなリーダーの様子を見て、相談するのを躊躇していたのかもしれません。
つまり、本来であれば、「価値を生み出す仕事」に使われていたはずの心理的リソースが、不機嫌なリーダーのご機嫌をうかがうという「価値を生み出さない」ことのために使われていたということです。これでは、チームの成果が上がるはずがありません。
これらはほんの一例ですが、チーム内の心理的リソースの状況を把握したうえで、それの浪費を防ぎ、それを上手に活用する能力を身につけることが、これからのリーダーには求められます。
本書では、そのために必須の知識やノウハウをふんだんに盛り込みました。本書を読むことで、心理的リソースという新しいレンズを手に入れ、チームやメンバーを見つめていただきたいと願っています。
その視点でチームを見つめると、これまでチームの「貴重な資源」を何に使っていたのかがはっきり見えてきます。すると、なぜこれまでうまくいかなかったのかも理解できるようになるでしょう。そして、適切な手立てを講じることで、メンバーの心理的リソースを増やしていくことができれば、見違えるように活気に溢れ、成果を生み出すチームを作り出すことができるようになるのです。