チームが疲れているように見える……。みんな一生懸命に働いているし、能力が足りないわけでもない。わかりやすいパワハラがあるわけでもなければ、業務負荷が過剰になっているわけでもない。だけど、チームは疲弊するばかりで、思ったような成果を出せずにいる……。なぜだろう? そんな悩みを抱えているリーダーが数多くいらっしゃいます。
その原因は、心理的リソースの消耗かもしれません。心理的リソースとは、「面倒くさいけど、やるぞ!」と奮起する心のエネルギーのこと。メンバーの心理的リソースを無意識的に消耗させていると、徐々に活力が削がれ、場合によっては崩壊へと向かっていきます。そのような事態を招かないためには、チームの心理的リソースを活用していくマネジメント力を身につける必要があります。
櫻本真理さんの初著作『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』では、そのための知識とノウハウをふんだんに盛り込んでいます。本連載では、その内容を抜粋しながら紹介してまいります。
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「性善説」と「性悪説」で揺れ動くリーダーたち
「性善説」と「性悪説」―。
チーム・マネジメントを考えるうえで、しばしば対比して論じられる考え方です。
改めて説明するまでもなく、性善説とは「人は本来、善良で努力するもの。信じて任せれば自ら動く」という前提に立ち、性悪説とは「人は怠けるもの。見張らなければサボる」という前提に立ちます。
世の中には数えきれないほどのマネジメント論が存在しますが、その多くは「性善説」と「性悪説」のどちらかに分類されるとも言われています。いわば、この2つの思想が、マネジメント論の二大潮流を成しているのです。そして、この両者の間で、多くのリーダーが思い悩み、時に選択を間違えてしまいます。
IT企業の社長である近衛さんもそのひとりでした。
近衛さんは、もともと「性善説」の考え方を採用していました。
「人を信じて任せれば、必ず応えてくれる」と考え、ルールや仕組みは最小限にとどめ、自由度の高い環境を整えていたのです。
会議でも「各自で考えて動いてください」と伝えることが多く、進め方や手順について細かく指示することはほとんどありませんでした。そして、それぞれに裁量を与えられたメンバーたちは、自由に動ける環境が整っていることを好意的に受け止めているように見えました。
ところが、その自由が徐々に組織をむしばんでいきました。
というのは、一部のメンバーが自分の裁量でタスクを後回しにしたり、できるだけ業務を引き受けるのを避けるようになったりしたからです。
すると、その穴を埋めるために、責任感の強い真面目なメンバーたちが無理をせざるを得なくなりました。
彼らは当初、「ここで自分がやらなければ仕事が止まってしまう」という使命感から、積極的に他人の仕事を背負って頑張っていたのですが、次第に疲労が蓄積。「なぜ、自分ばかりが頑張らなければならないのか」と不満を抱えるようになっていきました。
最終的には、「責任感の強い社員ほど消耗し、そうではない社員は楽をしている」という歪んだ構図が定着します。社内には不満が鬱積し、ピリピリとした暗い雰囲気が蔓延するようになってしまったのです。こうして、「人を信じれば、自律的に動く」という前提が崩れ去ったのです。
なぜ、「優秀な社員」から次々と転職し始めたのか?
「性善説ではダメだったんだ……」
そう考えた近衛さんは、マネジメントスタイルの舵を正反対の方向に切りました。
「性善説」を捨て去り、今度は「性悪説」に基づいたマネジメントを徹底することにしたのです。
業務上のルールを明確化し、厳しい罰則を策定。また、社員ごとの役割を細かく決めるとともに、目標必達を義務づけました。さらに、評価基準を明確にして、給与や昇進に格差がつくような人事制度を制定。メンバー同士を競わせることによって、モチベーションを刺激する方針を徹底したのです。
その滑り出しは、悪くありませんでした。
最初の3ヶ月は、たしかに売上数字は改善。「成果を出せば評価される」という仕組みが、短期的には社員たちの行動を加速させたのです。
しかし、すぐに暗雲が立ち込めるようになりました。多くの社員たちが、ルールを破って罰を受けるのを恐れて、「仕事で価値を生む」ことよりも「ルールを守る」ことを優先し始めたのです。
しかも、徹底した成果主義を導入したために、成果に直結しない仕事には誰も積極的に取り組もうとはしなくなりましたし、社内での競争が激化したために、社員同士の足の引っ張り合い、責任の押し付け合いも増えていきました。
その結果、社内を殺伐とした空気が支配するようになり、優秀なメンバーほど「もっと働きやすい環境で仕事がしたい」と見切りをつけ、次々と転職していったのです。
心理的リソースという視点で、「社員に起きていたこと」を読み解く
こうして、近衛さんは再び失敗をしてしまいました。
この失敗の根本的な原因は、「人は本来、善良で努力するもの=性善説」と決めつけたり、「人は怠けるもの=性悪説」と決めつけたりする、いわば「形式的な思考法」にあります。
なぜなら、現実の人間はそのように単純ではないからです。
同じ人間であっても、ある状況においては「努力する」けれども、ある状況では「怠ける」こともある。それが人間というものなのです。
だから、組織やチームを適切にマネジメントするためには、人間を「性善説」と「性悪説」の二元論にあてはめて考えるのではなく、目の前にいる生身の人間がどういう状況にあるのかを見極めることから始めなければなりません。
そして、そこで役に立つのが心理的リソースという概念です。
この観点から組織やチームを観察すると、多くのヒントが得られるのです。
では、早速、近衛さんの会社で起きていたことを、心理的リソースの観点から読み解いていきましょう。まず、「性善説」でマネジメントしていたときには、一体何が起こっていたのかを見ていきます。
当時、近衛さんの会社では、ルールや仕組みは最小限にとどめ、自由度の高い環境を整えていました。そして、「各自で考えて動いてください」と伝えて、仕事の進め方は各人の裁量に任せていたところ、多くの社員たちが、タスクを後回しにしたり、他人任せにし始めたのです。
しかし、これを心理的リソースの観点から考えると、あのとき社員たちは、決して「怠けていた」というわけではありませんでした。
そうではなく、自由裁量を与えられていた彼らは、常に「どの仕事をどのように進めるか」をゼロベースで考える必要があり、「次は何をしようか」「どちらが優先だろうか」と思考・判断を繰り返すたびに心理的リソースを消耗していたのです。
そのため、いわば「判断疲れ」の状況に陥ってしまい、仕事を後回しにしたり、他人任せにしたりといった行動に追い込まれていた。これが、実際に起きていたことなのです。



