山内准教授によると、この個体の胃の中から見つかったのは、大量の米だったという。

「胃の内容物の3分の2が米で、残りの3分の1が草でした。脂肪もたっぷりついていて、栄養状態は悪くない個体でしたが、それでも人家に侵入していたんです」

 食料を求めて入ったのか。それとも、人間そのものを“エサ”と認識していたのか。なぜ、クマは人の生活空間へ踏み込み、命を奪うほどの行動に出るのだろうか。

 山内准教授は、こう分析する。

「このクマは人を襲うために家へ入ったのではなく、あくまで食料を探していたと考えられます。胃の中から大量の米が見つかっており、すでに人家周辺で食べ物を得ることを学習していた個体でしょう。この事件の数日前にも、別の人家に入り、廊下の米を食べていたことが確認されています。

 人間を標的にしたというより、結果的に鉢合わせてしまいパニックになって襲ってしまった可能性が高いです」(山内准教授)

加害クマの胃の中には
人肉と頭髪が詰まっていた

 だが一方で、過去には学習的に人を襲うようになった個体が存在する。

 2016年5~6月にかけて、秋田県鹿角市と青森県新郷村にまたがる十和利山の山麓(さんろく)で、タケノコを採りに来ていた男女が次々クマに襲われた事件を覚えているだろうか。この、通称「十和利山熊襲撃事件」は、4人が死亡、4人が重軽傷を負った、本州史上最悪、国内でも史上3番目の被害を出した獣害事件といわれている。

「加害クマの胃の中には、人肉と頭髪が詰まっていました。最初の襲撃は偶発的だったとしても、後の被害者に関しては、『クマがまっすぐ人間に向かっていった』という証言もあります。非常に珍しい例ですが、学習的に人を襲う“異常な個体”が生まれた可能性があるのです」(山内准教授)

今年10月に起きた食害事件
クマの胃の中から「人間の肉片」

 そして、2025年10月8日に岩手県北上市の入畑(いりはた)ダム付近で起きた死亡事故でも、遺体の一部に食害が確認された。

 さらに、入畑ダム付近での死亡事故からわずか数日後の10月16日、衝撃的な出来事が起きた。2kmほど離れた同市和賀町の瀬美温泉で、清掃作業をしていた男性従業員がクマに襲われ死亡したのだ。

 駆除されたクマの胃の内容物からは、人間の肉片が確認された。一方で、ドングリなどの植物性のものはほとんど見つからず、体には脂肪もほとんど蓄えられていなかったという。なお、入畑ダム付近で死亡事故を起こしたクマとの同一性については、サンプルが少なく、特定には至っていない。

「死後に食害した可能性もありますが、いずれにしても2016年の十和利山のケースと似た構図です。再び『人が襲われ、食べられた』事例が起きたことは、重く受け止める必要があります」(山内准教授)

 繰り返すが、クマが捕食目的で人を襲うケースは極めて稀(まれ)だ。しかし山内准教授はこう警鐘を鳴らす。

「一度、人の肉を食べた個体は、『人を襲えば肉を食べられる』と学習し、再び人を襲う可能性があります。これは否定できません」

その一言が、確実に、重くのしかかる。