安藤氏の有名な口癖は社員をビビらせていた

 だが、極めて興味深いのは、安藤氏という人物「自身」の生き方である。

 48歳当時、無一文になった安藤氏を、誰が管理しただろうか。誰が命令しただろうか。

 自宅の小屋で1年間、睡眠時間を削って研究に没頭した安藤氏は、アメやムチで動かされていたわけでは全くない。安藤氏自身は、「お湯で食べられるラーメンを作る」という魅力的な目標のために、自ら燃え上がり、創造性を爆発させた。まさに「Y理論」の塊のような人物であった。

 ここに、安藤百福という経営者の本質があるのではないだろうか。

 安藤氏は、自分自身が「Y理論」の体現者であったからこそ、組織や他人に対して「X理論」的な厳格さを求めることができた。いや、求めざるを得なかったのかもしれない。

 自分自身が命を削るほどの執念(Y理論)で仕事をしているのに、周囲がそのレベルに達していないことが、安藤氏には許せなかったのではないか。

 安藤氏の名言録には、こんな言葉もある。

「決裁書なんていらない。あなたが責任をもってやるというならそれでいい」

 一見、X理論的な管理を放棄した、Y理論的な信頼(任せる経営)に見える。しかし、この言葉の裏には、恐ろしいほどの重圧がある。

「責任をもってやる」と宣言することは、「私(安藤氏)と同じレベルの執念で、命をかけてやり遂げる」という誓いを立てることに他ならない。安藤氏の求める基準は、決して低くない。

 安藤氏の厳しさは、単なる圧政ではない。自らが創造の苦しみと喜びを知り尽くしていたからの、妥協なき「執念」の要求であった。

 安藤氏の生き方は、リーダーとはまず自らが誰よりも燃え上がる存在でなければならない、という厳粛な事実を、私たちに突きつけている。

 最後に、安藤氏の有名な口癖を紹介して締めくくりたい。

 安藤氏は、社員にいきなりこう問いかけたという。

「君は今何をしているの?」

 社員はいつもドキッとしていたというが、この鋭い一言は、社員が今、どれだけの問題意識を持ち、自らの「時間(=命)」を使っているかを問うものだった。

 安藤氏にとって、その回答1つで相手の実力を見定めるのには十分であろう。その仕事ぶりに、安藤氏が求める「執念」はあるのか、と。

 インスタントラーメンを発明し、世界食の扉を開いた男の視線は、どこまでも厳しく、本質を見抜いていたのである。

日清食品の創業者・安藤百福の口癖だった、相手の実力を一発で見抜く“怖い質問”