なんでも「早く正確に」進むのは
人間関係の上でデメリットにも

 私はウェルビーイングに必要な要素として、次の3つの要素があると考えています。

(1)物語性
(2)関係性のリアリティ
(3)価値観の翻訳と尊重

 これらはAIが苦手とする領域であり、同時に人間が、人間らしくいられる領域でもあります。AIがさらに普及し、生活のあらゆる判断が、最適化される未来において、この3つの要素が失われる時、人間のウェルビーイングは大きく揺らぎます。

 では、AIと共存しながら、ウェルビーイングを守り、むしろ高めていくにはどうすればよいのでしょうか。そして、AIの進化が避けられない社会において、人間らしさの価値はどこに残されるのでしょうか。

 AIがもたらす大きな影響の一つは、生活の「均質化」です。レコメンドエンジンはユーザーが「好みそうな」情報を提示し続け、SNSは似たもの同士をつなぎ、世界を理解しやすい小さな箱へと閉じ込めます。多くの企業はユーザーの行動データをもとに、より最適で効率的な選択を促します。

 一見すると便利で快適ですが、均質化が進むほど「私はこれが好きなのだろう」という自己像さえアルゴリズムの反射鏡になってしまいます。探索、偶然、挑戦、失敗といった人生の醍醐味が削られていくのです。幸福とは、予測と効率の外側にある、「偶然」から生まれることが多いのですが、AI社会ではこの余白が奪われていきます。

 AIの普及は、人間関係にも無視できない影響を及ぼします。大量の人間データを学習したAIは、返すべき言葉や最適な対応を「正しく」選択できます。顧客サポート、カウンセリング、教育、コミュニケーション補助。あらゆる場面で、人間の「間(ま)や曖昧さ」を含んだ応答よりも、AIの迅速で整った返答が採用されます。

 しかし、ウェルビーイングの観点から見ると、このAIの「速さと正しさ」は逆に人間同士の関係性を深めるはずの「揺らぎ」を奪いかねません。本来、人間同士の関係性とは、言葉にならない揺らぎや沈黙、誤解、対話のズレを通して深まります。

 AIがコミュニケーションの大部分を担う社会では、こうした「摩擦の価値」が削ぎ落とされ、すべてがスムーズに進む代わりに「関係の深さ」が失われる可能性があります。