勢いで飛び出してしまったことを、僕はすぐに後悔した。仕事を失うと同時にオーナーが用意してくれたマンションにはいられなくなり、住む場所も失った。貯金なんて当然ない。あー、やっちまったな。だがもう戻れない。

探しに探してようやく
理想の洋館に出会う

 もうあまり時間がなかった。

 なにがなんでも30歳で独立すると以前から心に決めていた。

 20歳の僕をヨーロッパへ送り出してくれた村上シェフ(編集部注/“料理の神様”といわれた帝国ホテルの村上信夫)からは、「10年は勉強しなさい。10年後には君たちの時代が来ます」と言われていた。まもなく10年だ。もう誰にも雇われない、自分の店をもつのだ。

 それからもうひとつ、急ぐ理由ができてしまった。あんな辞め方をした僕のあとを追うように、1人、また1人と「サカナザ」の旧スタッフが店を辞めていた。

 こんな僕に「ついて行く」と言ってくれるあいつらのためにも、僕はなんとしても自分の店をもたなければならない。

 なんとか食いつないでくれ。必ずみんなが働ける場所をつくるから――。

 旧スタッフの何人かは工事現場で日雇いの仕事を始めていた。

 まずは店舗用の物件探しだ。が、これが最初から難航した。

 思い描いていたのは緑豊かな落ち着いた住宅街の中にある一軒家レストランだ。

 そして、1985年の年明け、探しに探してようやく僕は理想の家に巡り合う。

 それは、四ツ谷の学習院初等科の裏手、迎賓館にほど近い閑静な住宅街の奥まったところにあった。門から中をうかがうと、木々が生い茂ったその奥に洋館が見える。温かみを感じさせる落ち着いた佇まい。

 気に入った、ここだ!

 眼を凝らすと窓には灯りが灯り、人の気配がした。迷わず呼び鈴に手を伸ばし、ダメ元で押す。本当にダメかどうかは、飛び込んでみないことにはわからない。僕はこれまでもそうやって道を切り拓いてきたのだ。だからこのときも勘が働いたのかもしれない。

 出迎えてくれた家主さんに単刀直入に切り出した。

「こちらのお屋敷をお借りして、フレンチレストランをやりたいのですが」