「お前ら全員辞めちまえ!」
怒鳴ったあとの改心
そんな彼の厨房は、緊張感みなぎる真剣勝負の戦場だった。
「スイス銀行の金庫を破るより、ジラルデの店の席をとるほうが難しい」と言われた天才ジラルデの創造の現場を目のあたりにしてきた僕は、それを「ビストロ・サカナザ」の厨房でもやろうとしてしまった。
やってみて身に染みたのだが、ジラルデスタイルでは若い料理人はついてこられない。彼らにしてみれば、こうやれと言われたからそのとおりにやったのに、次の瞬間にそれじゃダメだと言われる。
なんだよ、話が違うじゃないかと手直しすると、そうじゃないこうだ、とまた怒られる。いったいどっちなんですか。言っていること、毎回違うじゃないですか、てなもんである。
あたりまえだ、昨日のトマトと今日のトマトは違う。そんなこともわからないのか――。
あるとき、なにに腹を立てたのかは今となっては覚えていないのだが、「お前ら全員辞めちまえ!」と怒鳴ったら、次の日からホントに誰も来なくなった。ヤ、ヤバい。予約はびっしり入っている、どうする?
たまたま帰国していたフランス時代の友人である田代和久さん(「ラ・ブランシュ」のシェフ)を叩き起こして泣きついて、なんとかその日の営業は乗り切ったものの、改めて店はスタッフの協力なしに回してはいけないと思い知らされた。やはり、やり方を少し変えていかなくては、と、僕はここで少しだけ改心する。
日本のスタッフは、1から10まで指示すれば、1から10までちゃんと作ることができる。それからは、まずちゃんとみんなに説明をし、最終的なアレンジは「スポンタネ」で僕がやることにした。そのあとは辞める子はほとんどいなくなったことを付け加えておこう。
オーナーと大ゲンカ
啖呵を切って店を飛び出す
「ビストロ・サカナザ」の料理は、味噌や醤油、米、そして、天ぷらにそうめん、焼き鳥、フカヒレなど、自分がおいしいと感じる料理を、フランス料理の文脈に取り込んでいった。「邪道だ」「あんなものはフランス料理じゃない」という声をたくさんいただいたが、それと同じくらいかそれ以上に「個性がある」「挑戦的だ」「おいしい」と評価してくださる方も多かった。







