毎日が挑戦であったように思う。そして、そういう僕の試みをおもしろがる人たちが常連になってくれた。マスコミ系の発信力のある人たちに注目してもらえた幸運もある。「ビストロ・サカナザ」の噂は口コミで広がり、気がつけばいつも満席の話題の店になっていた。

 そんなある日、オーナーが店に姿を現した。

「三國さん、お客さんもよく入るようになったし、そろそろ年中無休にしようかと思うんだけど、どうかな」

 年中無休?自分にしかできないことを毎日やっているという自負があっただけに、聞き捨てならない気がした。オーナーとしては、開業時の借金を少しでも早く返済したいということらしい。

「では、僕が休みのときは、誰が料理を?」

「若い子に任せればいいじゃないですか」

「任せる?なに言っているんですか!僕の料理は僕にしか作れませんよ!」

 頭に血が上り、語気が荒くなる。こっちは命を懸けてやってるのに、それがわからないのか。客がこの店になにを求めているのか、それを想像できないのか。

 口論になり、「じゃあ、僕は辞めます」と言って前掛けを投げ捨て、店を飛び出した。

 こうして伝説の店(と勝手に言わせていただく)「ビストロ・サカナザ」は、1年8か月で幕を閉じることとなったのである。

「若気の至り」で
住む場所も失い貯金はゼロ

 まあ、この一件は「若気の至り」のひと言に尽きる。こうして振り返っても恥ずかしい限りだ。

 あのときのオーナーの提案にまったく非がなかったことは、僕自身がのちにオーナーシェフとして経営を担うことになったときに思い知らされた。お客さんがコンスタントに入ってくれるようになったら、なるべく早いうちに初期投資を回収したいと考えるのは経営者としてあたりまえのことだ。

 しかもオーナーは無理強いしたわけではなく、あくまでも打診しただけだ。なのに僕は「年中無休」という言葉に噛みついて、席を蹴って出てきてしまった。

 それに、いくら余裕がなかったとはいえ、二番手の料理人を育てるのは、シェフである僕の仕事である。僕は自分の料理を作ることしか考えていなかった。今さらだけど、オーナーには本当に申し訳なかったと思う。心からお詫びしたい。