昨年、東京のフレンチレストラン「ガストロノミー“ジョエル・ロブション”」の総料理長、関谷健一朗氏が「M.O.F.」を受章した。といっても、ほとんどの日本人はそれがどれほどとんでもない偉業なのかは知らないと思う。M.O.F.はフランス版人間国宝とも呼ばれ、日本人初どころか、料理部門でフランス人以外が受章したのも初めてなのだ。そんな関谷氏に、直接話を伺うチャンスに恵まれた。前編ではM.O.F.とはどんな審査があって受章者が決まるのか、後編(1月8日公開予定)では世界一のフランス料理のシェフになるような日本人はどんな人生を歩んできたのかについて紹介したい。(講演・研修セミナー講師、マーケティング・コンサルタント 新山勝利)
ロブションで、M.O.F.受章メニューを提供する予定はない
「M.O.F.受章メニューを、食べてみたいですか」。関谷健一朗エグゼクティブ・シェフ (総料理長)は、穏やかに答えた。それは、彼が働いている「ガストロノミー“ジョエル・ロブション”」(東京)でのインタビュー時、最終審査のメニューを提供しないのかと質問したときだ。
ジョエル・ロブションの名を冠したフレンチレストランは世界十数カ国にあり、いずれも評価が高いが、ガストロノミー“ジョエル・ロブション”は、その中でもトップクラスの名レストランだ。恵比寿ガーデンプレイスの中にあり、今年で17年連続ミシュラン・ガイド東京で三つ星を獲得している。
関谷氏は過去にル・テタンジェ(LE TAITTINGER)国際料理賞コンクールで優勝しており(詳しくは後述)、その時の優勝作品のメインメニューを過去に何回も提供している。ところが、M.O.F.の料理を披露する予定はないというのだ。なぜなのか?それを知るためには、M.O.F.の審査がどんなものかを理解する必要がある。
100年の歴史がある“フランス版人間国宝”M.O.F.
M.O.F.とは、Meilleur Ouvrier de France(フランス国家最優秀職人章)の略である。1924年(いまから100年前、日本では大正13年)にフランスで創設され、長い年月に裏付けられた、由緒ある最高峰の職人だけに与えられる肩書だ。現在では3~4年ごとに開催され、それぞれの専門分野における技量はもちろん、その他フランスの伝統あるさまざまな文化や知識、歴史への造詣の深さなども筆記試験や審査の対象となる。
フランスの200以上の職種を対象にしたコンクールであり、M.O.F.を受章した者は社会的に高い評価と称賛を受ける。今回(2022年実施)のM.O.F.料理部門では500人以上の応募者がおり、その中から筆記、実技など4段階の審査を経て、最高(M.O.F.)の栄誉に輝いたのはわずか8人だった。その、選ばれた8人のうちの1人が関谷健一朗氏だったのだ。
この栄えあるM.O.F.を、料理部門で受章したのは日本人で初めて、そしてフランス人以外でも初めてである。前人未踏の快挙といっていい。