“就活だけ得意な奴”が発生するメカニズム

“就活だけ得意な奴”とは、特に人間として深みがあるわけではないが、思考の浅さが生む勢いのよさや明るさなどで“よさそうに見える”就活生のことである。彼らは深く考えすぎて行動できなかったり、発言に気を遣ったりしてしまう就活生よりも、就活を有利に進めることができ、大企業も含めた内定を多く獲得しやすい。

しかし、彼らが活躍するのはせいぜい入社後数年までである。勢いだけでうまくいくのは20代までで、深い思考ができない人は30代で失速する。もちろん、行動力のある彼らは積極的に内定者の集いを開いてくれたりするので、採用側からすれば必要性はゼロではないのだが、彼らが出世して幹部クラスになる可能性は低い。

そして実は、採用担当者でも、一見よく見える彼らの本質的な浅さには気づけずに、残してしまう人は多い。その結果、仕事の実績ではなく、ポテンシャル採用という名の“なんとなくよさそう”で判断される新卒採用ではこういった“就活だけ得意な奴”が大量発生することになるのである。

一方で、30代以降で頭角を現すのは思考に深みがあるタイプの人間である。20代のときは若さと勢いの同期に押されていても、ある程度社会人の経験を積んできたところで、自分なりの“文脈”を獲得し、思考に深みが出てくる。これまで打ってきた点が、一気に線として繋がる瞬間が出てくるのだ。このタイプは基本的には、行動よりも観察を得意とするので、そのよさが就活時点では出にくいのである。

就活で考え勝負をするなら“斬新なアイディア”で

とはいえ「就活において考えで差別化できないならこの文章を読む意味がないのでは?」と思う就活生も多いことだろう。たしかに、前述したように深い考えでの差別化は難しい。だが、その一方で、同じ“考え”でも“斬新なアイディア”であれば、一気に評価を高めることも可能である。

“斬新なアイディア”とは、若さが基盤となることで思いつくビジネスプランのようなものである。例えば、後にFacebookを起業することになるマーク・ザッカーバーグが19歳のときに、大学生の顔写真を格付けする「Facemash」を作ったような、若さゆえの欲望や、時代の先をいく感覚がもとになって生まれるものだ。

「若者の中ではこんなことが流行りつつあるので、こんなビジネスがうまくいきそう」という話の、少なくとも前半部分は、若者ではない面接官には否定しづらくもあるし、斬新な話に聞こえやすいのだ。それは、大人になった面接官にとって、冒頭で引用した“新しい気づきを得られる考え方”でもあり、十分に発見が得られるものである。

企業側の本音「自分の頭で考えられても困る」

ここまで、“深い考え”や“斬新なアイディア”といった基準で、基本的には自分の頭で考える力があったほうがよいという前提で話を進めてきた。ここで字幅を割くまでもなく、自分の頭で考えられる人間のほうが豊かな人生をおくることができるだろう。

だが、一方で、こと就活レベルにおいては、採用側は就活生に「自分の頭で考えられても困る」という感覚を持っているのも事実である

特に大企業であればあるほど、新卒には「社のカルチャーに染まって欲しい」と思っている。会社が一方向に向かっているときに、考えすぎて「このイケイケカルチャーはどうなのだろうか?」と空気に水を差したり、みんなが出世を目指して邁進しているときに「この仕事は社会の何の役に立っているのだろうか?」と考えて仕事の手を止めたりしてほしくないのである。

もちろん、例えば、日々の忙しい仕事の毎日の中で、自分の仕事が社会のどんなところで影響を与えられているのかに想像を及ばせられるような人は豊かな人である。しかし、こと“大企業の新卒”としては適性が欠けると判断されてしまうという話である。

簡単に言えば「社員みんなでAKB48の『恋するフォーチュンクッキー』を踊ってアップしよう」と言われたときに、「これは私の仕事なのでしょうか?」と疑問を持たずに、ノリノリで踊れる人のほうが新卒採用では求められているのである。

もちろん、社員全員が自分の頭で考えられない人だったら、会社は成り立たない。一方で、会社とは全員が同じ役割を期待されて入社するわけではないのもまた事実だ。自分の頭で考えられる人が30代以降頭角を現して会社の中枢を担うケースは少数派で、大企業であれば特に、“頭を使わずにすぐカルチャーに染まってくれて手を動かしてくれる人”のほうが数としては多く採用されるのだ。

考えられない就活生がするべきこと

思考の深さで差が生まれるのが30代以降で、若い今も斬新なアイディアを思いつけそうにない――そんな場合はどこで差別化すればいいのだろうかと、ここまで読んで途方にくれる就活生も多いかもしれない。

就活生の時点で“考え”を極める必要はないが、“気配り”はあれ――。

それがひとつ言えることである。例えば、待ち時間など面接以外の時間に、面接官ではない社員が話しかけてきたときにも気を抜かずに明るく返答したり、ZOOM面接でもこちらが画面を切るまでお辞儀していたりすると丁寧な印象を感じる。「そんなことで差がつくのかよ」と思う人もいるかもしれないが、考えで差がつきづらいからこそ、“そんなこと”が重要なのである。

さらに言えば、自分の考えが至らずわかっていないことに適当な言葉を並べて誤魔化すのではなく、素直にわからない姿勢を打ち出すのも実は重要である。人生経験が少ない分、わからないことが多いのは当然のことである。それにもかかわらず、大人の言葉を借りてわかったフリをしてしまうのは真摯さにかけるし、場合によっては相手の土俵に土足で踏み込んできたような失礼な印象を与える。前回言及した「市場価値を高める」と言ってしまうような就活生の話にも通じる話である。

むしろ、何かを聞かれて「わからない」と答えることのほうが功を奏する場合もある。「自分の人生は◯◯だから御社だ」といったふうに、短い人生経験で決めつけるのは、思考の浅い人間のすることである。「こんなことをやってきたけど、今後の人生は不安です。わからないです。でもわからないからこそ社会に出てみたいです」くらいのほうが、思慮深さを感じられる。そしてその“簡単には答えを出さない姿勢”こそが、30代以降で“深い考え”ができるようになる土台になっていくのである。

(本記事は『ありのままの自分で、内定につながる 脇役さんの就活攻略書』に関連する特別寄稿です