シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

人生は「思い」通りにならないほうがいい、シンプルな理由Photo: Adobe Stock

人類の進歩は、
ハプニングをきっかけとするものばかり

 私は、人生は「思い」通りにならないほうがいい、と感じている。

 これは何も艱難辛苦を求めよ、ということではない。

 その本質は、「事実は小説よりも奇なり」ということだ。思い通り描いたそのときの「思い」とは、そのときまでの人間の経験や認知能力でベストな結果のことだ。

 でも、人間の限られた経験とか思考力が生み出す結果など、実はたいして素晴らしいことでもない。

 人類のほぼ全部の発明は、たまたまのハプニングのたまものだ。ペニシリンやトランジスタ、電子レンジなどが実験の失敗とか、偶然の発見から生まれたことは先述した通りだ。

 実は、人類の進歩は、ハプニングをきっかけとするものばかりなのだ。

 日常でも、
 ・道を間違えて素敵なお店を発見した
 ・料理の素材や手順を間違えて、どこにもレシピがない美味しい新作ができた
 ・旅に持ってくる本を間違えて、仕方なく読んでみると大いに学びがあった
 ・間違って買った株の銘柄が、自分の考えより時流に合っていてその銘柄が大当たり

 などということもあるだろう。

 そういう意味では、ハプニングからの学びは、思考の範囲を拡張してくれる

 若いころは「思い通り」にいくことがベストだと思っていた。

 しかし、今は思い通りにいかないことのほうがずっと多い。

 でも、それを楽しむと、自分のちっぽけな経験や思考力では連れて行ってもらえない場所や、出会えない展開がやってくることがわかった。

 思い通りにいかないからこそ、自分の幅が広がり、成長がある。
 思い通りにならないときこそ、落ち着いてよく目の前を観察するのだ。
「思い通りになる」ことより、ずっといいことが起こっていることが多いのだ。

「ハプニングに強い人」とは
「引き出しの多い人」

「ハプニングに強い人」を言語化すれば、「引き出しの多い人」のことだ。

 例えば、大谷翔平選手。彼の身体能力、パワーやスピードを称賛する声は多いが、それはメジャーでは当たり前に必要とされる能力の一つにすぎない。

 彼が超一流たるゆえんは、彼の打席をライブで見ているとわかる。大谷選手に対しては全員のピッチャーが全力投球なので、実は彼は常にピンチなのだ。絶体絶命の状況なのだ。

 大谷選手が絶体絶命の状況に追い込まれても、次のような選択肢を駆使して切り抜けているのがわかる。

 ・ファウルで粘り続ける
 ・ホームランが難しくても確実にヒットを狙う
 ・相手のミスを誘い、仲間を進塁させる位置に打球を飛ばす
 ・相手ピッチャーをプレッシャーで緊張させ、ミスを誘う
 ・審判を味方につけ、最悪の場合でもフォアボールなど有利な判定を引き出す

 これら最低5つの「引き出し」を彼は常に用意しており、それぞれに至る導線が各カウントで仕込まれている。普通の選手なら、一つか二つの引き出しが精一杯だろう。

 投資家や経営者も同じだ。「手強い」と言われる人は、多くの引き出しを持っている

 例えば、ポーカーや麻雀の際に、どんな手が来ても、「まぁ、こういうもんだ」と受け入れ、その中で自分の引き出しを使って最善を尽くす。

 人生も同じだ。次に何が起こるかは誰にもわからない。

 しかし、どんな展開が来ても「そう来たか」と受け止め、その状況に合った引き出しを開ければいい。それができる人が「強い人」だ。

 まぐれで勝つ人と、10回勝負して8回、9回勝つ人との差は、この「引き出しの多さ」にある。

 人生は何万回もの勝負の連続だ。だからこそ、引き出しの多い人が最後には必ず勝つのだ。

 では、その引き出しはどうやって作られるのか?

 それは「思い通りにならなかった多くの打席」が作ってくれるのだ。

 それにより自分の想定が広がり、悔しさと情けなさから対応策を練り、練習で引き出しを確実なものに引き上げる。思い通りにいかないことだけが、引き出しを作ってくれるのだ。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。