1990年代は、ちょうど少子高齢化が激しく進み始めた時期であり、今と同様、メディアでは「年金はなくなる」という話が取り沙汰されていたのです。
当時、私の友人たちの中にも「どうせ将来、年金はなくなるのだから、年金なんか入っても意味がない」「年金は払わない方がいい」と声高に主張する人が大勢いました。
『本気で考えよう!自分、家族、そして日本の将来 物価高、低賃金に打ち勝つ秘策』(加谷珪一、幻冬舎)
しかし、サラリーマンになってしまうと厚生年金に加入することになり、強制的に給料から天引きされますから、公的年金から逃げることは不可能になります。
そうして30年、40年の時を経て、当時、若かった友人たちが今、何を語っているのかというと、口を開けば「自分は年金をいくらもらえるのか」「年金の額が安すぎる」「政府は何をやっているのだ」という話ばかりです。
いつの時代であっても若者の一部は「将来のことなど考えても意味がない」などと主張するものです。
ところが実際に歳をとり、体力の衰えを実感するようになると、急に老後が心配になり、「自分はいくら年金をもらえるんだ」「なんでこんなに少ないんだ」という考えを持つようになってしまうのです。
これは人間としてやむを得ない部分がありますから、心変わりして「年金、年金」と口にしている高齢者(彼らも昔は若者だった)を責めるつもりはまったくありません。







