相続人に残された
選択肢はわずか三つ

 故人が残した「マイナスの財産(借金)」が「プラスの財産(資産)」を上回る場合、本件のようなケースでは、相続人に三つの選択肢があります。相続人が下す決断について、どのような期限や注意点があるのか、虎ノ門法律経済事務所 横須賀支店の中村賢史郎弁護士に聞きました。

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(1)全ての財産を無条件で引き継ぐ「単純承認」

中村:まず、「単純承認」を検討できます。「単純承認」とは、故人の残した全ての財産(プラスもマイナスも)を無条件で引き継ぐことです。「母が暮らす実家を残したい」という気持ちから単純承認を選ぶと、自宅と預貯金を得られる代わりに、3000万円の借金を全額引き継ぐことになります。

 美枝子さんは年金生活、隆志さんも自身の住宅ローンや教育ローンがあるため、本当に返済を続けていけるのか慎重に判断する必要がありますね。月々の返済額をシミュレーションした上で、金融機関と相談しつつ決断することが望ましいでしょう。

 返済が難しい場合は債務整理を検討することも考えられます。自宅に抵当権が設定されており自宅に価値がないと評価できる場合は、個人再生手続きを利用すれば自宅を残せる可能性もあります。

 個人再生手続きは安定した収入が必要であり、本ケースの美枝子さんは、年金収入のみであることから個人再生手続きは難しいかもしれませんが、同様のケースでもあきらめずに弁護士に相談してみましょう。

中村賢史郎弁護士なかむら・けんしろう/虎ノ門法律経済事務所横須賀支店長 弁護士・税理士・司法書士。大学在学中に司法書士試験に合格。虎ノ門法律経済事務所にて、相続事件のほか、離婚事件・不動産事件・破産事件を主に取り扱う。

(2)全ての財産を一切引き継がない「相続放棄」

中村:二つ目の選択肢は相続放棄です。相続放棄とは故人の残したプラス・マイナス全ての財産を一切引き継がないという手続きを家庭裁判所へ行う手続きです。相続放棄をすると、借金から逃れられますが「実家」については競売される可能性があります。

「実家に住み続けたい」という美枝子さんの希望は理解できますが、返済が難しい場合は相続放棄が望ましいでしょう。

 ただし、相続放棄には期限があります。原則として自己のために相続があったことを知った時から3カ月以内に家庭裁判所に申し立てる必要があります。期限に間に合わない場合は相続放棄期間を3カ月~1年近く延ばす手続きもありますので、利用を検討しましょう。