量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回は量子コンピュータがアナログか、デジタルかについて抜粋してお届けする。
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デジタルか、アナログか
量子コンピュータはアナログか、デジタルか。
これは、研究者に尋ねても意見が分かれる。
「アナログな側面を持ちつつデジタルでもある」というのが量子コンピュータの特徴かもしれない。
この究極のデジタルとアナログの融合を実現するうえで鍵を握り、基礎と実用の両面から重要なキーワードとなる「魔法状態」について紹介したい。
私たちが使うコンピュータやスマートフォンは、「0」や「1」といった離散化された情報を処理している。
しかし、最初から情報がこのように表現されていたわけではない。
ケルヴィン卿が発見した「微分解析機」
19世紀、物理学が「自然の現象を方程式で説明できる」ようになった。
それに伴い、同じ仕組みで物理的な変化を使って動く「アナログ計算機」という機械が登場した。
たとえば、熱力学への貢献から温度の単位「K」に名前が使われている、ケルヴィン卿ウィリアム・トムソンは、「微分解析機」を考案した。
これは、回転する円板やホイールなどの部品を動かして、微分方程式を解くアナログ計算機である。
このような機械は、第二次世界大戦前後、弾道を計算するためなどに利用された。
理論的には、もしも無限に正確な計算ができるアナログ計算機があれば、ビットを使って動くデジタル計算機では難しい問題も効率よく解けることが知られている。
誤差にまみれているかわからない
しかし現在、ほぼすべてのコンピュータはデジタルに置き換わっている。
これは、アナログ計算機が物理的な変化をそのまま使って計算する仕組みのため、機械のズレや電子ノイズなどの誤差が蓄積してしまうことにある。
得られた計算結果が本当に正しいのか、それとも誤差にまみれているのか判別できないのだ。
つまり、アナログ計算機では、1.00000と1.00001のようなほんのわずかな差でもそのまま計算に使われるが、機械の精度や温度、ノイズの影響などで、これらの値の微妙な違いを正確に保ち続けることは難しい。
そのため、誤差がどんどん大きくなってしまうということだ。
アラン・チューリングが正当化した理由
一方、情報を「0」や「1」という離散的な値(はっきりわかれた数字)で表すデジタル計算機なら、ある程度の誤差があっても情報を安定して保持できる。
アラン・チューリングは、「そんな微小な差はどうせ見分けられないなら、最初から『0か1か』とはっきりした区別ができる数字を用いて計算するほうが、安定して処理できる」と考え、デジタル計算機を正当化した。
この考え方によって、誤差を気にせず大量の部品を使えるようになり、いまのコンピュータが実現した。
(本稿は『教養としての量子コンピュータ』から一部抜粋・編集したものです。)





