1on1を設定して、尾崎さんにこう話しかけたのです。「以前、訪問件数を増やすのが苦手だと言ってましたよね。あのときは、あなたの話をちゃんと聞けなくて申し訳ありませんでした。よかったら、もっと詳しく話を聞かせてもらえませんか?

 当初は、警戒していた尾崎さんですが、中村課長が「聞く姿勢」に徹したことが功を奏して、少しずつ自分の「やり方」について語り始めました。「私は、前職時代、一社一社と深い関係を築くことで大型契約を獲得して、その契約を継続させる営業スタイルでやっていました。数を追うやり方だと、どれも中途半端になってしまう気がして……“浅い提案しかできていない”と思うと、不安で動けなくなるんです」

 この話を聞いた中村課長は目が開かれるような思いがしました。

 中村課長は、若い頃から「営業件数を増やすことで、成約件数を増やす」という営業スタイルで成功体験を積み重ねてきましたが、尾崎さんの営業スタイルはそれとは全く違うものだったのです。

 つまり、二人は全く異なる「世界」を見ていたということ。にもかかわらず、中村課長が「件数を追う」ことを押し付けたがために、尾崎さんは心理的リソースをすり減らすばかりで、成果を上げることができなくなっていたのです。

 そこで中村課長は、こんな提案をしました。「なるほど、そういうことでしたか。では、当面は訪問件数だけじゃなく、大型契約や継続率も評価指標に入れることにしましょう。3ヶ月くらいこのやり方でやってみて、また一緒に振り返りましょう」

 この提案を快く受け入れた尾崎さんは、その後、自分の強みを発揮しながら、大型契約を着実に獲得。継続率も非常に高く、安定して好業績を上げるエース級の人材として大活躍するようになっていったのです。

「相手の視点」で考える4つのステップ

 こうして、中村課長は尾崎さんとのコミュニケーションのすれ違いをなんとか挽回することに成功しました。中村課長の誤ちは明確です。自分と尾崎さんでは「見ている世界」が違うことに気づかないまま、尾崎さんの「訪問件数を増やすのが重荷だ」という訴えを、「それは違う」と一方的に否定してしまったことが問題だったのです。

 では、メンバーの言動を否定したくなったとき、リーダーはどう振る舞えばいいのか?

 4つのステップで整理しておきましょう。

1  「否定する言葉」を飲み込む

 まずは、「それは違う」という否定的な言葉をぐっとこらえることが大切です。相手を否定した瞬間に、相手は心を閉ざしてしまいます。ここで「否定する言葉」を飲み込んで、一拍置くことが決定的に重要なのです。

2  相手が見ている世界を知るために質問する

 相手の言動を受け止めたうえで、「どんなときにそう感じるの?」「その背景にはどんな経験があるの?」などという問いかけをしながら、相手がどんな「世界」を見ているのかを探ります。

3  相手が見ている世界を味わう

 相手が見ている世界がわかってきたら、それが自分の見ている世界とどんなに違っていても、否定することなく受け入れます。そして、「なるほど、この人にはこういうふうに見えているんだなぁ……」と、その「世界」を味わってみるのです。

4  メンバーとともに対処を考える

 相手が見ている世界がわかってきたら、相手が受け入れやすい「提案」を一緒に考えます。中村課長は、尾崎さんが「一社一社と深い関係を築くことで大型契約を獲得して、その契約を継続させる営業スタイル」を大切にしていることを知ったので、「大型契約の獲得」と「契約継続率」も評価指標に加えることで尾崎さんと合意しました。その結果、尾崎さんをエース級の人材へと引き上げることに成功したのです。

 メンバーの言動を「それは違う」と否定したくなったときには、この4つのステップに沿って相手とのコミュニケーションを深めていくことで、きっと「打開策」を見出すことができるはずです。

 メンバーの言動を否定しても、お互いの心理的リソースを消耗するだけで、得るものは何もありません。それよりも、相手が「見ている世界」を知るチャンスと捉えて、相手の話に耳を傾ける

(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)

櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。