長時間労働に追われていた新聞記者の著者は、39歳でデンマークに移住。そこで目にしたのは、誰もが短時間で仕事を切り上げ、自由な時間を謳歌している光景だった。「午後4時台に帰宅ラッシュ」――働く時間は短いのに、デンマークの1人当たりGDPは日本の約2倍。賃金水準も高く、競争力ランキングは世界No.1。なぜ、日本とここまで働き方や暮らしぶりが違うのか? 話題の新刊『第3の時間──デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』から、特別に一部を抜粋して紹介する。
写真:井上陽子
天然資源に頼れない小国・デンマークがとった「稼ぐための戦略」とは?
デンマークはかつて、ノルウェーやスウェーデンをも統治する大国だった。それが、次々と戦争に負け、現在の国土になったのが、1864年のことである。
復興を目指すデンマーク人は、「外で失いしものを、内にて取り戻さん」という言葉をスローガンに、手元に残されたものに感謝し、最大限に活用するという考え方を身に付けていった。天然資源に恵まれているわけでもない国で、手元に残されたものとは「人」であり、最大限に生かすための方法とは「学び」であった。
デンマークの豊かさの理由についてデンマークの識者に尋ねると、実はほぼ全員が、同じ点を指摘する。それは、働ける人が実際に働いている社会であること、そして、女性が男性と同じように稼いでいる点だ。
収入の半分近い高額な税金を払っているのに、なぜ多くのデンマーク人がサマーハウスを買ったりする余裕があるのか、と聞いた時、代表的な日刊紙「ポリティケン」の元編集長で歴史家のボー・リデゴー氏は、単純明快にこう答えた。
「女性も仕事をしているから。財布が2つあるからだよ」
ここで言う財布というのは、男性も女性も同じ“厚い財布”であることが、重要なポイントだ。
日本でも働く女性は増えたとはいえ、デンマークとの違いは、仕事の質である。違いが顕著に現われるのが、男女の賃金格差だ。OECDの調査によると、男女間の賃金格差はデンマークは5.4%であるのに対し、日本では22%と大きな開きがある。
デンマークの働き方は、夫婦ともに稼ぎ手となる「2人稼ぎ主モデル」と呼ばれるものだ。女性が、小さな子どもや高齢の家族の世話をすることなく働けるよう、保育制度や介護システムなどのインフラを充実させてきたことを、大きな国の強みとしている。
税制も、共働きを促している。所得が高ければ高いほど税率も高くなり、所得税は最大で55%ほどに上るため、高所得者が一人で重い税負担を抱えながら家計を支えるのが難しいのだ。手取りを増やすためには、二人ともほどほどに稼ぐのが、最も理にかなった設計になっているのである。
特に、コペンハーゲンのように物価の高い都市で暮らす場合、家のローンを返しながら生活費を賄っていくためには、両親とも働く必要がある(そもそも、専業主婦がいる家庭は、稼ぎ手が一人しかいないのが銀行からリスクと見なされ、ローン審査が通りづらい)。
デンマークで専業主婦をほとんど見かけないのは、物価が高く税負担も重いため、片方の収入だけで世帯を支えるのが難しいから、というのが率直なところなのである。
人こそが資源の国家「多く人に働いてもらうための労働政策」
デンマークでできるだけ多くの人に働いてもらうために重要な役割を果たしているのが、「フレキシキュリティ」と呼ばれる労働政策である。
柔軟な労働市場(フレキシビリティ)と、十分な生活保障(セキュリティ)を組み合わせた造語で、これに、求職活動や職業訓練の積極的な支援(アクティベーション)を加えた3つの柱で成り立っている。
1本目の柱のフレキシビリティとは、企業が必要に応じて従業員を採用・解雇しやすい特徴のこと。業績不振に陥った企業が従業員を解雇するのが容易で、勤務年数に応じて、1カ月から最大でも半年間の事前通告で解雇が可能だ。
2本目の柱、セキュリティとは、福祉国家ならではの十分な生活保障のことである。失業手当の給付期間は最大2年間で、上限は月々約2万1100デンマーク・クローネ(約50万5000円)とかなりの額に上る。
3本目の柱であるアクティベーション政策は、1990年代半ばから本格化した。それまでは、失業手当が実質的に無期限で受けられたこともあり、高い失業率が社会問題化していたのだが、失業手当を段階的に減らし、職業訓練への参加義務を課すなど、制度改革を次々と実行した。
現在では、失業手当の給付を受けるためには、ジョブセンターに登録して履歴書をオンライン上にアップして常に求職することや、一定期間後はインターンシップをすることなど、条件が細かく課せられている。
失業手当を受け取っていた友人は、「ジョブセンターのプレッシャーがきついから、とにかくさっさと就職したくなる」と嘆いていたけれど、たっぷり手当てを受け取って悠々暮らす、というわけにはいかないのである。
※本記事は、『第3の時間──デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』を抜粋、再編集したものです。




