シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、『君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。
Photo: Adobe Stock
人生の2つの指針
人生の価値は、以下の2つを指針とすべきと考えている。
1.自分の好奇心のままに
自分の好奇心を全開にして生きること。好奇心は、我々の脳内に幸せホルモンを出してくれる。その状態でゾーンに入ると、自分の力でどこまでも走ることができる。ありがたいことに今の時代は、AIが伴走してくれる。いくら好奇心が脳内を幸せにしてくれ、ゾーンに入ったとしても、あまりに作業が多くなると、ゾーンから出てしまうことがある。
しかし、今の時代は、作業は全部AIが瞬時にやってくれるので、我々はAIに好奇心に基づいた問いを与えるだけでいい。AIを良き相棒として伴走させるためには、好奇心が常に良い問いを立て、それをAIにご飯として提供する必要がある。
2.自分にしかできないことをやる
人生に価値があるとしたら、自分にしかできないやり方で、世の中にインパクトを与えることだろう。自分にしかできないことがわからないときは、マネや二番煎じから始めて、それを見つける旅を始めるのもいい。
しかし、ずっとマネや二番煎じばかりだと「脳内幸せホルモン」が出なくなる。自分にしかできないことは、場所を変えたり、自分を取り巻く人を変えたりすれば、見えてくることがある。自分にしかできないことが見えてくると、自分の価値は上がるし、誰と手を組むべきなのか、補完関係を考えられるようになる。
日本とアメリカでは、器用さのレベルがちがう
補完関係の具体例として、私の体験を紹介したい。これは決して自慢ではないが、私はアメリカの名門大学のほとんどを受講している。学位取得で通ったものもあれば、短期のエグゼクティブエデュケーション(経営層や管理職を対象とした教育プログラム)を受講したものもある。
その中で非常に面白い体験があった。アメリカを代表する名門ビジネススクールのエグゼクティブエデュケーションでのことだ。そこでは各チームに分かれて、ある競争をやった。Production Management(生産管理)の講義で、製造の正確さと速さを競うゲームだった。
各チームに分かれて、誰がどの部門を引き受けるかを議論した。そのゲームでは、途中に「折り紙を作る」という工程が含まれていた。私はとびっきりの不器用で、折り紙は日本人の中で最も下手な部類に入る。折り紙を中心線できっちり折るのにもかなり時間がかかり、しかも雑なのだ。
ところが、そのチームの中では、
「折り紙といえばジャパンだ。その部分はコータローに任せよう」
となった。
「知らんぞ。僕は下手だよ」
といったが、それで決まり。
そしてレース開始。すると、なんと驚いたことに、私の折り紙が最も早くできて、しかも最も出来が良かったのだ。授業中、天才的な分析力を発揮している切れ者のエグゼクティブたちも、折り紙をさせたら悲惨でしかない。
アメリカのパーティーシーンで、人気を得たかったら、折り紙で鶴と兜が折れるだけで、めちゃくちゃリスペクトされることは間違いない。
それから数日間、私は「アーティスト」「クラフトマン」「パーフェクショニスト」などと称賛されることになった。そうなのだ。日本最高クラスに不器用な私でも、アメリカにいるエグゼクティブの中に入れば、最も器用な部類に入れるのだ。
私はまじめに、
「アメリカで外科手術だけは受けたくないなあ」と思った。安易にステレオタイプ化してはいけないが、この傾向は今でもとても強いだろう。アメリカにいるリーダーたちの多くは、圧倒的に不器用なのである。
オタクな日本人にしか作れないものがある
先日サンフランシスコに行って、有名なぶっ飛んだ起業家たちから、私は投資家の一人として彼らのテクノロジーを見せてもらったが、その後、別室に連れて行かれ、
「コータロー。うちのプロダクトがもっと社会実装されるためには、日本の某企業が持っているあの素材と部品が必要なんだ」
と懇願された。
他の投資家たちは、私が創業者から特別扱いされる様子を、怪訝そうに見ていた。
これは、彼らが言っていたことなのだが、世の中には、「オタクな日本人にしか作れない素材や部品がある」のだ。その時に、あのアメリカ名門ビジネススクールのエグゼクティブエデュケーションでの折り紙のエピソードを思い出した。
「自分が器用に見えるくらいだから、あの人たちにあんな作業が、あんなものが作れるわけがないか」
と。
アメリカにいるぶっ飛んだ起業家たちは、私たちから見て単なるオタクである。しかし、彼らから見ると、私たちがオタクに見えるのだ。
お互いに得意な分野で協業するのがベスト
アメリカ人がいかに不器用なのか、事例をもう一つ紹介しよう。
東京に来た友人を、私が行きつけのすし屋に連れて行ったときのことだ。そこの大将は、ネタの重力でしゃりが沈み込むくらい、しゃりをふわふわに握るのが上手い。そのアメリカの友人よりも、私のほうが筋トレもしていて握力が強いのに、私はそのふわふわのしゃりとネタを、ゆっくり丁寧につかんで口に運べる。
しかし、その友人は私より筋力がないのに、しゃりとネタを丁寧につかめず、ぶっ壊してしまい、バラバラになった寿司を常にかき集めて口に運んでは「ファンタスティック」と冷や汗をかきながら言っていた。これも、彼らのハンドアイコーディネーション(目と手の協調性)の限界を物語っていると言えるだろう。
我々と彼らのあるべき役割分担が、このエピソードからもわかっていただけると思う。アメリカ人の彼らが好調なときに、真っ先にその補完関係として好循環に巻き込まれるのは、我々日本人なのだ。
アメリカの成功に影響されて、「日本版シリコンバレー」とかを作って、日本の得意分野でもないのに、アメリカの得意分野で張り合うのは、やめたほうがいい。お互いに得意な分野で協業するのがベストなのだ。
(本稿は『君はなぜ学ばないのか?』の一部を抜粋・編集したものです)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。



