「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。企業とユーザーが共同で価値を生み出していく「場づくり」が重視される現在、どうすれば価値ある戦略をつくることができるのか? 本連載では、同書の内容をベースに坂田氏の書き下ろしの記事をお届けする。

「結果が出ないリーダー」ほど連発する“メンバーを疲弊させる言葉”Photo: Adobe Stock

なぜ「数をこなそう」は、
組織を弱らせるのか?

 どんな会社にも、成果が出ない時期があります。受注が減る、顧客の反応が鈍い、新規事業が伸びない。
そんな不調期に、リーダーの口から時として聞こえてくる言葉があります。

「とにかく数をこなそう」

 一見すると前向きで、やる気を引き出す言葉のようにも聞こえます。

 しかし、ゴールが不明瞭なまま量だけを求められると、メンバーは徐々に疲弊し、挑戦する力が奪われていきます。

 数を増やせば成果が戻る。
 数を打てば何かが当たる。

 こうした発想は、外部環境が比較的安定し、成功モデルが長く続いた時代には有効でした。

 しかし、顧客の行動も市場構造も目まぐるしく変化する現在の環境では、やみくもに「数をこなすこと」だけに頼る対処療法は、むしろ逆効果になる可能性があります。

「数」に逃げるリーダーは、
上位の問いを持てていない

 選択肢を増やすこと自体は間違いではありません。むしろ、幅広く打ち手を出す「幅出し」は、戦略づくりの初期段階では欠かせないプロセスです。

 問題は「数を増やすこと」そのものではなく、上位の目的や問いが不在のまま量だけを追ってしまうことにあります。

 成果を出すリーダーは、いきなり数を求めるのではなく、まず戦略の目的を一段抽象化するところから始めています

 たとえば、あるホテルが「週末の宿泊稼働を伸ばしたい」と考えているとします。このまま「週末の予約数を増やそう」とだけ考えると、打ち手は割引キャンペーンや広告投下といった短期的な施策にとどまります。

 ここであえて「そもそも、なぜ週末なのか?」と問い直してみると、「顧客が“特別な時間”を過ごせる場を提供したい」という、より上位の目的が見えてきます。

「顧客は“宿泊”そのものではなく、週末に過ごす“特別な時間”を求めているのではないか」という視点に立てば、戦略の射程は一気に広がります。

「客室を埋める」だけにとどまらず、館内イベント、地域との連携、家族向け体験プログラムなど、“宿泊数”の枠を超えたアプローチが視野に入ってきます。

 上位の目的を抽象化して捉え直すことなく、いきなり「数をこなそう」と言ってしまうこと。これこそが、結果が出ないリーダーが陥りがちな構造です。

まず「誰に」「何を」を徹底的に洗い出す

 上位の目的が見えてきたら、次にやるべきは「数をこなす」ことではなく、発想の幅を意図的に広げることです。

 抽象化した目的をもとに、「誰に」「何を」提供し得るのか、その組み合わせをできるだけ多く洗い出していきます。

 ここでのゴールは、「正しそうな案を選ぶこと」ではなく、どれだけ多様な角度から発想できるかです。

 この段階では、実現可能性やリスクは、いったん忘れて構いません。大切なのは、「こんな切り口もあり得るのか」と、自分たちの発想の限界を一度押し広げてみることです。

 むしろ、少し突飛に見えるアイデアの中にこそ、数年後に振り返ったとき「当たり前の戦略」に変わっているような原型が潜んでいることも少なくありません。

 まずは「何があり得るか?」を徹底的に洗い出し、その後、自社のパーパスや抽象化された戦略の目的と照らし合わせながら取捨選択していく。このように抽象と具体を往復する幅出しのプロセスこそが、真に戦略的な思考を育てる土壌になります。

『戦略のデザイン』では、この「目的を抽象化してから幅出しをする」という思考法を、具体的な事例とともにまとめています。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。