それまで、習い事や外出を楽しんでいた母が動けなくなると聞いた時はショックでした。しかし、人の体は努力次第で変わっていくものです。母は好奇心旺盛なので、術後のリハビリを半年以上も頑張り、80代後半でありながら、足にヒラメ筋をつけて、歩けるようになったのです。

 母も私も旅行が好きなので、一緒に行くようになりました。とはいえ、私たちはいわゆる「仲良し親子」ではないかもしれません。共通していたのは、反骨精神のようなものがあること。世間が認めている「正解」が、自分の考えと違うと、自分たちなりの抜け道を通って我が道を行くのです。お互いに思っていることを本音で話すので、戦友のような関係だったと思います。

90代の車椅子の母親と海外旅行へ行く意義

――年齢を重ね、車椅子が必要になった親と旅をする。しかも行き先が海外ともなると、世間から「連れ回してかわいそう」とか「そこまでしなくても」などと言われませんでしたか。

「親孝行の“正解”なんてなかった」がん、脳梗塞、骨折で寝たきりに…俳優・市毛良枝が語る、母の介護を続けた13年市毛良枝(いちげよしえ) 文学座附属演劇研究所、俳優小劇場養成所を経て、1971年にドラマ『冬の華』でデビュー。以降、テレビ、映画、舞台、講演と幅広く活躍。40歳から始めた登山を趣味とし、‘93年にキリマンジャロ、後にヒマラヤの山々にも登っている。環境問題にも詳しく、98年に環境庁(現・環境省)の環境カウンセラーに登録。第7回環境大臣賞(2025年市民部門)受賞。また、特定非営利活動法人・日本トレッキング協会の理事も務める。最新出演作は映画『富士山と、コーヒーと、しあわせの数式』(W主演)、NHKBSプレミアムドラマ『終活シェアハウス』。 撮影/フカヤマノリユキ

 そう思っている人もいたと思います。その考え方も認めつつ、私たちが行きたいように旅していたのです。もちろん、大前提は、自分達で責任を取る覚悟を固め、人に迷惑をかけないための準備を周到に行うことです。

 母にとって、おそらく旅がモチベーションになったのでしょう。90代に入っても母はリハビリを頑張り、体力もついた。車椅子でもトイレは立って行っていました。そして、私はあらゆる「もしも」に備えて旅の準備をする。母は92歳から4回、アメリカのオレゴンに行っていますが、98歳の時は、現地で息を引き取る可能性も想定し、航空業界に詳しい友人から、そうなった時の対処法などを聞いてから旅立ちました。

 これには、後悔したくないという思いもありますが、「母らしく生きてほしい」という気持ちがあったから。もちろん、母を連れた旅は、面倒なこと、腹の立つこともありますが、それ以上に楽しいのです。母の喜ぶ顔が周囲を幸せにするから、熊本、沖縄、ハワイ、韓国など様々なところに行けたのかもしれません。

 旅先については、私が行きたいところを提示して母の意見を聞きました。母はそれを受け入れ、母娘で楽しんでいました。