仕事と家事を抱えながらも、認知症の義母と90歳の義父の介護に奮闘していた村井理子氏。しかし、義父のめんどくさい行動に村井氏はうんざりしてしまったという。義父の“かまってちゃん”行動とは?本稿は、村井理子『義父母の介護』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
著者の介護の情熱が
冷え切った理由
2023年の正月を無事迎え、めでたしめでたし……となるはずだったのだが、私の後期高齢者介護の情熱は、見事に冷え切ってしまっている。そもそも、情熱なんてものはなかった。私しかいないから、目の前に困っている人がいたら助けなくてはいけないから、必死に動いていただけのことだった。義父というよりは義母が気の毒だったから、私は行動に移したのだ。
進行の速い認知症で困りごとが多い義母との間には、不思議なシスターフッドまで生まれていた。完璧なまでの主婦だった義母が、全ての家事を諦めた。それは彼女にとって、大きな失望であり、屈辱だっただろう。そんな彼女を見ていたら、手伝わないわけにはいかなかったのだ。そりゃあもう、過去の恨みつらみは消えていないわけだけれど、そんなことを言っていられない状況だ。
正直に言えば、義父は義母のついでだった。こういった事情で3年超にも及ぶ介護生活を送ってきたわけなのだが、今、私のなかのシスターフッドまで枯渇しつつある。理由は何か。冷静に考えてみた。そして辿りついた答えは、義父だった。
私って意地悪だなとも思う。同時に、はっきり言って冗談じゃないとも思う。