私も以前は「最低限、日経新聞だけは読んでおくように」と、何度も口を酸っぱくして社員に言ってきた。経済、社会の動向において共通言語を持たずに、営業に行くというのはかなり怖いことだ。
冒頭のアスクルの話のように、知識がないのはたったひと言でも見破られ、信頼を落とす。取引の金額の大きさは信頼の裏返しなので、当然大きな額の受注は厳しくなる。
だけど、いつの頃からか、私も社員に新聞を読めと言うのを諦めた。いくらその大切さを伝えても、状況は変わらないと判断したからだ。
「オンラインで読むから大丈夫です」と言う社員もいるけど、私としては新聞の大きな紙を広げて、自分には直接関係がない情報に触れておくことが大事だと思っている。会話に出た時に咄嗟に対応するためだ。
短い刺激に慣れてしまったら
長い情報を受けつけなくなる
それでも私が言うのを諦めたのには理由がある。人は一度楽な方に流されると、二度と戻ってこないことを自分がよく知っているからだ。
もともと、コンテンツにしても広告にしても、インターネットが自分に興味があるものだけを判別して表示してくれる機能は革命的だった。
パーソナライズ、カスタマイズ、というのはマスメディアができなかったことだと賞賛されていた。皮肉なことに、それが行き過ぎて今の状況に至っているのだと思う。
我々自身も、様々なインターネットサービスを長年提供してきた立場として、より便利に、より簡単に、を強く意識してきた。競合他社からもっと便利で簡単なサービスを出されたらユーザーを奪われるからだ。そして一度より楽な方に流れたら、もう帰ってこない。
自分の息子(小6)も、最近はショート動画ばかり見ている。低学年の頃はYouTubeばかり見ていて、全然文字を読まないなと心配していたのだけど、今では、YouTubeすら長い動画に感じるのか、TikTokのようなショート動画ばかり貪るように見るようになった。
私もインターネット企業の社長とはいえ、楽だからといってショート動画ばかり見てたら息子が馬鹿になるのではと心配になり、「ショートは何も得るものがないからあんまり見るな」と注意した。
『勝負眼 「押し引き」を見極める思考と技術』(藤田晋、文藝春秋)
すると、学校の友達との共通の話題や流行がショートの話ばかりだから見ないわけにはいかないと反論された。おまけに、ABEMAの社長なのに若者に流行っていることも知らないで大丈夫かと逆に心配された。
そう言われても、ショート動画だけは長時間見ていられない。なぜ若い子があれをずっと見てられるのか不思議だ。
ついに私も、新時代のメディア感覚についていけなくなったか。それはサイバーエージェントの社長としては由々しき事態だ。毎朝、新聞は時間をかけてじっくり読んでるんだけども。







