生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。今回、本書の翻訳をした夏目大氏にインタビューを実施。生き物への関心やエピソードなどについて本書の内容に沿って聞いた。(取材・構成/小川晶子)。
生き物への関心と翻訳
――夏目さんは『動物のひみつ』のほかにも『タコの心身問題』(ピーター・ゴドフリー=スミス著 みすず書房)や『人間には12の感覚がある 動物たちに学ぶセンス・オブ・ワンダー』(ジャッキー・ヒギンズ著 文藝春秋)など、興味深い本の翻訳をされていますね。
夏目大氏(以下、夏目):はい、「ポピュラーサイエンス本の翻訳をされている~」と紹介していただくことが多いです。他にもいろいろなジャンルを手掛けているのですが、売れている本の多くがポピュラーサイエンスなんですよね。なぜか。
これまではよく「タコの人」と言われていましたが、これからは「動物の人」と言ってもらえるんじゃないでしょうか。タコも動物だから、抽象化が進んだだけですけど。
――『動物のひみつ』は動物行動学の本ですが、やはり内容に対するご関心はおありだったのでしょうか。
夏目:子どもの頃から生き物に関心がありまして。生き物の図鑑を一日中見ているような子でした。いまだに動物園や水族館が好きで、よく行きます。
先日、別府温泉に行ったのですが、観光らしい観光はせず「うみたまご」という水族館だけ楽しんで帰ってきました。ロイヤルホストで食事をしていたら、そこのおじさんに「水族館あるよ」って教えてもらって「行きたいです!」って言って(笑)。
なんせ、コウテイペンギンを見るためだけに名古屋港水族館に行く男ですからね。コウテイペンギンは名古屋港水族館と、和歌山のアドベンチャーワールドでしか見られないんですよ。私は海の生き物がとくに好きで、なかでもコウテイペンギンが好きなんです。
100メートルを2秒で移動できるすごい生物
――名古屋港水族館といえば、『動物のひみつ』の最初に登場するナンキョクオキアミも見られるそうですね。世界で初めてナンキョクオキアミの繁殖に成功したのが名古屋港水族館だとか。南極から連れてくること自体も大変ですもんね。
夏目:そうなんですよ!って、オキアミで盛り上がる人も少ないかもしれませんが。この本も、ずいぶん地味な生き物から始まったものですね(笑)。
でも、オキアミはすごいんです。本書に「まず知っておくべきなのは、オキアミは無抵抗でクジラの食道にまで取り込まれるような気の良い連中ではないということだ。身体を麻痺させるような冷たい水の中にいるにもかかわらず、オキアミは、危険が迫ると驚くほどの素早い反応をする」ってあるでしょう?
オキアミが人間くらいの大きさだとしたら、100メートルを2秒でゴールできるくらいの速さですから。
――クジラは口を開けていれば自然にエサが入って来て食べられるのだろうと思っていました。そんなに甘くないのですね。
夏目:クジラも辛いなぁと思います。オキアミの群れに突進するも逃げられ……というのを何度も繰り返して、頑張っているんです。シャチには死ぬほど追いかけられて大変だし。シャチはクジラの親子をどこまでも追い詰めて、子どもを引き離して食べようとするんですよ……。怖い。
翻訳を意識しない本になっていたら成功
――オキアミに始まりチンパンジーまでさまざまな動物の社会性が語られる本書は700ページ超えとかなり分厚いですが、翻訳は大変ではありませんでしたか?
夏目:確かに分量は多いですが、慣れていますし内容が面白いから苦ではありませんでした。え、何それ、早く続きが知りたい!という感じで訳していきましたから。
この本の感想として「文章が良い」と褒めてくださる方が多く嬉しいです。「翻訳が良い」ではなく「文章が良い」ということは、翻訳を意識していないのだと思うんです。
――私も、翻訳書であることを忘れて読みました。
夏目:著者の言葉を直接受け取っているように読めたらいいなと思っています。翻訳者のことが意識されない本になっていたら成功です。私もこの本のオーディオブックを聞いてみたら、なんていい文章なんだろうと思いました。これって自画自賛、ですかね(笑)。
――著者のウォード博士の文章も面白いうえに、翻訳を意識させない文章になっているわけですね。本当にスラスラ読めます。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」