論文の調査結果は、さらに衝撃的な事実を突きつけている。研究チームが調査した中小企業のプロジェクトにおいて、事前に市場調査を行ったケースは1件もなかったのだ。むしろ、成功している企業ほど、市場調査を省略し、自分たちの顧客知識や直感を信じていた。

《5社すべての製品開発プロジェクトにおいて、「事前市場調査」は実施されておらず、代わりに企業独自の顧客知識や簡易的な市場のプロービング(探り)が用いられていた。》

《アルファ社のオーナー兼マネージャーは、経験と市場調査を対比させ、次のようにコメントしている。「嘘があり、さらに大きな嘘があり、そして市場調査と統計がある。(中略)実際のところ、特殊な市場で、たとえ市場調査の質問をしたって、お客さんはまず相手にしてくれない。絶対無理だ。」》


 Cは「マーケットリサーチをしてから」と言った。しかし、世の中にまだない革新的な技術を売ろうとする時、市場調査など役に立たないことが多い。顧客自身も、それが欲しいかどうかわからないからだ。

 だからこそ、稲盛氏は「直接、日立や東芝へ乗り込む」という行動に出た。これは論文で言うところの「プロービング(探り)」である。

大企業の「正解」は死に至らしめる毒にもなる

 実際に試作品を持って行き、相手の反応を見て、その場で製品を改良していく。机上の空論で1年を費やすよりも、明日からの実践で得られる情報の方が、はるかに価値が高いことを、稲盛氏は本能的に知っていたのだ。

 結局、稲盛は「こんな考えのCと一緒にやっても駄目だから辞めさせたい」とカンカンに怒らせたCは解雇を通告されることになる。ただ、Cの養父による涙ながらの依頼により、後に撤回された。

 Cは決して無能ではなかった。むしろ、優秀すぎたと言えるだろう。Cが身につけていた「正解」は、MBAの教室や、安定した大企業の会議室では称賛されるものばかりだ。

 しかし、荒野を切り拓くベンチャー企業においては、その「正解」こそが、組織の足を止め、死に至らしめる毒となることがある。

 稲盛和夫という経営者の凄みは、技術者としての才能もさることながら、この「置かれた環境における最適な行動論理」を、誰に教わるでもなく理解していた点にある。

 貿易の知識がないことを恥じるのではなく、「聞けばわかる」と一蹴する。市場調査がないことを不安がるのではなく、「明日から売る」と行動する――。

 これらは単なる強がりではない。「ない」ことを前提に、そこから未来をこじ開ける力強さこそが、エフェクチュエーションの本質であり、京セラを世界的企業へと押し上げた原動力だったのだ。

稲盛和夫が激怒でクビ宣告した「優秀な社員」のあちゃーな発言